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ボーイズラブが前提の長編小説です。主人公は高校生。ある日、不思議な少年に出会ったことから、怪奇な事件に巻き込まれていく。惹かれ合う2人だったが…?! Copyright © 雨振舘 All Rights Reserved. Template by RESIST. Powered by FC2 Blog |
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Author:あまふりあおの 最近のコメント カテゴリー
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お話のタイトルは「DARK HALF」です。中学生でも読んでも大丈夫!ですが、ちょこっとそういう描写もありますので注意です!(指定するほどじゃないので…)
管理人の日記はリンクから”雨振舘つれづれ日記”へどうぞ。お話についてもつぶやいてます。 拍手、コメント、メール大歓迎です!感想ぜひぜひクダサイ! 著作権放棄してないですよ。無断使用、転載等やめてくださいね。 ☆管理人とはこんな奴 ☆日記はこちら ☆登場人物紹介へ ☆あらすじへ ![]() 〜アンケートご協力ありがとうございました!結果発表をお楽しみにvv〜 ☆☆こんなのあったので作成してみました。はじめからこういうアンケート作成してればよかったかも…。 人物アンケート気が向いたらやってみてください…。
2007/05/20
/23:54
夏休みが始まった。
休み、とはいっても、久坂は昔からあまり怠惰な生活をしたことがない。学校に行くときよりは多少、朝のんびりと寝る、ということはあっても、一日寝て過ごすとか、同時代の少年のようにゲームをするとか、そういったことを好まなかった。もちろん、テレビゲームなどを全くしたことがない、というほど浮世離れしているわけではなかったが、少なくとも、自分の家でやることはなく、大抵友人に誘われて友人宅で使わせてもらう、という感じだった。 そんなわけなので、夏休みをどう過ごそうか、というのは高校が始まってから考えていた。 無趣味って、褒められた言葉じゃないよなぁ。 と心の中でつぶやく。 そして、この夏は、彼の目指す父親に近づくための勉強期間にしよう、と決めたのだった。具体的にいうと、ただ本を読みに図書館に通うという程度のことでしかなかったのだが。 期末テストでもちろん補習にはひっかからなかった久坂は(ちなみに高杉もぎりぎりセーフだった)、特別に友人から誘われない限りは、朝起きてそれなりに母親を手伝ったりして用事をすませ、昼ご飯を食べると図書館へ向かう、という生活に入った。そして、夕方になると帰ってくる。それだけだとつまらないような日常に思えるが、非日常をまがりなりにも体験している久坂にとっては、この変わりないように見える日常がひどく大事なもののように思えた。 夏休みが始まって、三日目の夜。夜中に高杉が訪ねてきた。相変わらず、ベランダからの訪問である。最近ではこういった夜中の訪問にとっくに慣れてしまった自分がいるのに、久坂は最近気づいていた。そして、楽しみがもう一つ。 高杉が来るたびに、いろんな水を飲ます。 そして、高杉の反応を観察する。 無趣味、という久坂にしては随分とこだわった趣味、かもしれなかった。少々悪趣味ではあるが。 実験体のようにされている高杉は、それでも久坂につきあって、感想を述べてくれる。近頃は、高杉が本当に気に入ったときの表情とか、いまいちだった時の表情がわかるようになってきて、久坂もむきになっていろいろと銘柄をためしている。 だから、その夜もわざわざネットをつかってとりよせた名水を用意していた。 久坂の部屋に着く早々に、例のごとく久坂が水を手渡して、わくわくしているのを見て、高杉がため息をつく。 「……お前、なぁ…。懲りないな…。今度はなんだよ…」 もうすっかりあきれ顔だ。 「うん、ちょっとね、歴史的に伝説も残ってるような名水がネットで手に入ったからね、お前が来るの楽しみにしていたんだよね」 また高杉がため息をつく。 「俺が来るの楽しみにしてるっていう理由は、これかよ…」 「いいから!せっかくだから、飲んでみてよ」 久坂が身を乗り出して早く早く、とせがむ。まあ、高杉としてもこれを突破しない限り話もできないので(特に最近は)、あきらめてペットボトルをあける。でも、おいしい水を飲むことは結局は自分の力になるわけであって、別に嫌なわけじゃないのだが、こう、久坂が遊んでいるようにしか見えないのが素直に受け取れない理由でもあった。 「あれ…」 口を付けて飲んでみてから、高杉がびっくりしたようにつぶやいた。 「何?どうだった?」 久坂がさらに顔を近づけてのぞき込む。 「これ…どこの水だ?たぶん…俺、飲んだことあるぞ、昔」 そうなの?と、久坂が驚いて聞き返した。高杉がまた飲み直してから、うん、とうなずいて、確信した様子で答える。 「昔、この水をクサカと一緒に飲みにいったことがある。…そうだな…場所はもうよく覚えてないけど…確か、西日本の…山間部だったかな。人間達が名水だって、群がっていて、クサカがおもしろがって俺たちもまざろうって誘ってくれて…」 高杉が、遠い昔を思い出すかのように、その水の入ったペットボトルをながめる。その思い出を愛おしむように、少しずつ喉に流し込んでいた。 「そう…だったんだ。知らなかった。…ネットでたまたま見つけてね、限定販売だって。普通は販売元っていうのがないから販売されないんだけど、町興しということで少しだけ販売することにした名水なんだって。昔は、この水をくんで、わざわざ“水売り”っていう商売ができたくらい、評判だったみたいだよ。だから…おいしいかなって思って。でも、そんな思い出があったなんて、偶然ってすごいよね…」 言いながら、久坂はそっと立ち上がって、ベランダの窓辺にたって、夜空を見上げた。高杉に背を向けたのは、今自分が複雑な顔をしているのを見られたくなかったからだった。 高杉の胸に抱いている思い出は、覚えているならば自分も共有しているはずの思い出。でも、覚えていない自分にとっては、それがかつての自分自身だったとしても、別人との思い出のようにしか聞こえない。最近、そんなことがよく頭をかすめて、複雑な気分に陥るのだった。 「どうしたんだよ」 久坂の微妙な心情を何かしら感じ取ったのか、高杉がちょっと困惑したように声をかける。 その声に、気を取り直したかのように久坂は元気よく振り返った。 「その場所、すぐわかるよ。行くのはちょっと時間かかるかもしれないけど…。思い出の場所なんでしょ?調べてみようか?俺ができるのは、そのくらい…」 パソコンの置いてあるデスクに急いで向かおうとする久坂を、高杉が右手を伸ばして制した。 「いいよ、調べなくても。お前は今、ここにいるんだから。思い出をたどるようなことしなくったって、俺はいいんだよ。…どうしたんだよ、お前。最近ちょっと変だぞ?」 「べつに、なんでもないよ。ただ…」 「ただ…?」 口に出してはみたものの、その複雑な気持ちを説明する自信がない。 「…なんでもない。なんでもないから、心配するなよ。俺はただ、お前においしい水飲ませたいだけなんだから。そのくらい、いいだろ?」 笑って、ごまかす。 でも、うまくごまかせなかった気がする。 それでも、高杉は深くは追求してこなかった。 「…まあな、いつもうまい水、ありがとな。そういう、なんか一度こだわるととことんつっぱしるところとか…。昔から変わってないんだな」 「…え?昔からって…?」 ちょっと驚いてあらためて高杉の前に座る。 うーん、と高杉が少し考え込んで言葉を選んでいるようだった。 「クサカもな、いつも、こう…なんでそんなことに熱意をかたむけるのかなーってことに一生懸命になるとこあったんだよ。それで、一度は火薬だったか…いや、あれ、花火っていうのか…を桂の側で暴発させてな、ちょっとひどいことになったこととか…。他にも、なんだろ、あれ。えっと…ああ、そう、飴。飴に凝ってしまってな、全国連れ歩かれたりしたこともあるよ。今と違って、取り寄せできないからな」 「…クサカって、そいういう人だったの?」 今まで抱いていたイメージとちょっと違うので、少し驚いた。そうなのか。今全然自分はクサカのことを知らないけれど、やはり「クサカ」らしいところは少しはあるのか。 ほかにもあるのかな…と、ちょっとぼーっと考えていた。 「あ、そうそう。だからな、クサカのことは、桂から聞いたらいいよ。明日、お前空いてるか?」 「うん。大丈夫」 明日の予定はいつもの通り図書館だけだったので、特に予定は入れていない。 久坂の返事をきいて、高杉が、よし、予定通り!と膝をうつ。 「明日、とりあえず空港までいかないといけないから、朝…そうだな、9時には家を出られるか?」 「うん。それは大丈夫。…空港に、その、桂って人、来るの?」 妖、が?と疑問に思って聞いてみる。 「まあな、待ち合わせしてるから。そこから移動するとは思うけど。」 「…ふーん…」 いまいち納得いかないような顔をしている久坂に、唐突に高杉が肩を抱いてくる。 「じゃ、そういうことで、今夜泊まっていくから、一緒に寝ようか」 にやにや笑っている。 今度は久坂がため息をついた。 「お前…その言い方、わざとだろ」 本気だよ、とかいいながら、久坂が用意した着替えをさっさと着込んでいる。 まあ、寝るといっても、本当に一つのベッドでおやすみなさい、という具合で、別に何もしないんだけど。 それも久坂の複雑な気持ちを構成している一つだった。高杉が何をしたいのか、いまいちよくわからないし、かといって、問いただしてこう、関係(というほど何かしているわけでもないが)が進んでしまうのも嫌な気がするので、久坂はとりあえず何もいわない。 高杉も、とりあえず久坂と一緒に寝る、ということだけで落ち着いているらしい。 先ほどのクサカとの話を聞いた後なので、余計に複雑だった。 あんな、まるで恋しい人を想うような瞳で、目の前で思い出を語られても。 そんなことが頭をよぎってしまうあたり、自分でもどうしようもなく複雑なのだった。 それでもとりあえず、明日。 今までよりも詳しく、高杉の事とか、その仲間、らしい妖のこととか、何よりクサカについて知ることが出来る。そう思うと、身震いをする思いだった。 朝になって、いったん高杉がベランダから去っていく。久坂は朝食をとると、少し家事の手伝いをしてから、母親に告げた。 「今日、友達と約束してるから、九時前に家を出るからね」 いってらっしゃい、と母が食器を洗いながら答える。続けて、帰りは何時?と聞いてきた。 「あ…えっと…、ちょっと会ってからじゃないとわからないけど、夜には戻ると思うよ」 「ああ、そうなの。お友達さえよかったら、家に来て頂きなさいよ。母さん、腕ふるってご馳走するわよ」 たぶん半分以上本気で母が笑って久坂に提案する。 でも、それはたぶん、無理です。 と、心の中で思って久坂はため息をついた。 「それは、ないと思うから。晩ご飯は俺は家で食べると思うけど、予定がいまいちわからないから、また連絡するね」 母は残念ねー。とつぶやいた。 予定時刻通り、高杉と一緒に空港に到着する。送迎用のロータリーの手摺りに2人で並んでもたれかかった。どうやら、その桂は、飛行機で来るらしい。それが久坂にはちょっと理解できなかった。 「……妖も、人間と同じように、交通機関で移動するの?」 素直に高杉に疑問をぶつけてみる。 「いや…そういう方法もあるけど、それぞれかな…。桂だって、呼ぼうと思えば、一瞬で呼び出せるんだからな。飛行機で来るのはまた別の話だ」 「別の話って…?」 「趣味、の話だよ」 久坂がびっくりして、もたれていた手摺りから姿勢を直す。 「趣味?!」 「あいつ、飛行機好きなんだよ。新幹線は嫌ならしいけど。俺は移動手段は何でもいいほうなんだけどね、あいつはこだわるんだよ」 「そ、そんなもんなんだ…」 ますます妖に対する認識があやふやになって、ちょっと不安になった。 そんな久坂に高杉がちょっとおもしろくなさそうな顔でつぶやく。 「お前、桂に会わすのはいいんだけどな…。その…会ってから、側にいるのは俺じゃなくて桂がいい、なんて、言うなよ」 その意味がわからなくて、心底驚いて高杉を見る。 「どういうこと、それ」 「だから…その、…なんでもない」 「へんなの…」 とりあえず久坂もそれ以上つっこみはしなかった。 桂の乗って来たらしい便が到着する。夏休みということもあって、大量の人の波が送迎ロータリーや、市内方面行きのバスに群がっていく。ただでさえ今日は日差しがまぶしくて、温度も湿度も高いので、その人の群れに久坂はちょっとむせた。…が、高杉のほうがもっとダメージをくらったらしく、手摺りになつくようにして顔をふせている。人の熱気にあてられているようだった。 その時だった。 人間の集団の中から、明らかに、人間でない、とわかる気配が近づいてくる事に久坂は気がついた。久坂は何度かあやかしに遭遇したり、高杉と身近にいるせいか、普通の人間と、あやかしや妖のその気配の違いを、なんとなく感じ取れるようになっていた。 その気配は、かなり大きい。 気配を隠している様子もない。 いつか、気配も姿も隠さないのは下等のあやかしだ、と高杉から聞いたことがある。確かに、普段の高杉はその妖独特の気配を消している。しかし、今までのあやかしなど問題でなく、また妖力を隠していない時の高杉の妖の気配と比べても、それは巨大なものということがわかった。 高杉のシャツを震える手で掴むと、高杉も同じようにその気配に気がついているのか、手摺りから離れて立ち上がっている。 「これは…また、わかりやすいくらい妖力出しておでましだな…」 そう、高杉がつぶやく。 「や、やっぱり何かくるのか?!」 久坂が、とりあえず高杉の後ろに控えた。 高杉は何も言わず、前方をにらんでいる。 緊張が走った。 「あ…!!」 久坂が思わず声を漏らす。人混みの中で、明らかに場違いな格好をしている人物が、こちらにまっすぐ歩いてきた。 七月下旬、夏だというのに、ベージュのトレンチコート。同じ色のハンティング帽。日除けではなく、真っ黒なサングラスにマスク。 その人物を取り囲む人も、気配は感じなくとも、その怪しさに近寄りたくないのか、遠巻きにしている。 その人物が、巨大な力を発しながら、真っ直ぐ、高杉と久坂のところへ近づいてくる。 高杉が黙ったままなので、久坂もその後ろでとりあえず息を殺した。 完全に2人の前に立ったその気配が、ゆっくりと声を出す。 「…なるほどね、クサカ。これが今の君なんだね」 「えっ?!」 高杉の後ろにいた久坂が驚いて声をあげる。高杉が、その人物に道をあけるように、久坂の前から身を引いた。久坂はその人物と向かい合う形になる。 「でも、確かに高杉の言うように、人間のようだ」 そういって、手を伸ばすと、白い手袋をした手が久坂の肩を掴んだ。 「…うっ」 久坂がびくりと身体を振るわす。それにかまわずに、その人物は語りかけてくる。 「…ずいぶん、小さくなったね。確かに、普通じゃわからないよ」 「あ…あの…」 久坂はどうしていいのかわからずに、高杉の方を振り向きながら助けを求めた。当の高杉がため息をつく。 「それは後でいいから。…毎度の事ながら、お前、目立ちすぎてるんだよ!!桂!!」 そういって、久坂の肩を掴む手を殴って払った。 「え…?こ、これが…桂…?」 事態がよく飲み込めなくて、久坂がその怪しい人物と、高杉を交互に見比べる。人物は、ははは、と愉快そうに笑った。 「じゃ、移動しようか」 久坂はよくわからないまま、レンタカーを借りたその桂、の運転でその場を離れる事になったのだった。 そのドライブは、予想より長いものになった。同じ県内なのに、どんどん久坂の知らない場所へと車は走る。不安には思ったが、高杉が平然と座っているので、とりあえず自分もどぎまぎしながらも大人しくしている。そんな久坂に桂が声をかける。 「車で移動は嫌いかい?」 久坂は驚いて運転席に向き直った。 「そ、そんなこと、な、ないです…」 恐縮する久坂を助けるように、高杉が口を開いた。 「久坂の今の家はちゃんと車持っている家だから、車くらい乗り慣れてるよ。だれかさんと違って、現代は大昔じゃないんだからな。それより、まだ着かないのかよ?ずいぶんと走ってるみたいだけど」 「いや、もうすぐ。この先だよ」 車はちょっと小高い山道を登っていた。初め木の葉がうっそうと繁っていて、あまり人が来ないだろうと思われていた山道が、木がまばらになり、青空のもとに開けた道になる。道自体はちゃんと整備されていないらしく、車はよく上下に揺れた。 「高杉も…来たことないの?」 久坂が隣の高杉に聞いてみる。 「うん。俺もここに来てあんまり過ごしてないからな…。でも桂が連れて行くって言ってるんだから、それなりにいい場所だと思うよ」 一応不安そうな久坂を安心させるために高杉が笑いかけた。 木々の間の道を抜けて、全面に広場のように空間が広がる。そこで、車は止まった。 「さて…と、着いたよ。先に降りて適当にその辺りにいてくれるかな。高杉はお望みなら、この坂を下りたところに、綺麗な水の流れる川もある」 そういって、桂は2人を先に降ろす。が、自分は降りないで、まだ車の中にいるようだった。 少し坂道になっているその広場をさっさと登る高杉をあわてて追いかけながら、久坂が桂を気にする。 「なんで、降りないのかな」 「そりゃ…。準備してるからじゃないかな」 やっぱりよく意味がわからない。そう思いながら、久坂は高杉の後についていった。 小高い広場を登り切ると、日除けには最適な大きな木が一本立っている。ちょうど風も吹いてきて、その木陰にいると気持ちいいくらいだった。自分の住んでいる町からそう離れていないはずの所に、こんな空気のいい場所があるなんて、久坂は知らなかった。その雰囲気に身を預けていると、準備をおえたらしい桂がのぼってくる。 「やっと来たか…」 つぶやいて高杉が立ち上がった。つられて久坂も立ち上がる。 そして、目の前にやってきた桂を見て、目をまるくした。 「待たせたね、2人とも」 「え…あ、あの…、あなたが…桂、さん…?」 そうだよ、と桂は微笑む。先ほどの格好とは一転して、桂の格好はグレーのスーツに変わっていた。帽子も、サングラスも、マスクも全て取り去って、現れた桂の素顔に、思わず久坂が赤くなる。横で、高杉がそれをまたおもしろくなさそうな目をして見ていた。 「先ほどは、驚かせてすまなかったね。どうも、町中の空気が私には合わないみたいだから、まあ、防御服のようなものなんだよ、あれは。あ、もちろん、ああしてないとすぐに死ぬとかじゃないんだけどね、もちろん」 あははは、とまた笑う。 久坂は返事も出来ずに桂を見ていた。 一言でいうと、端正な、美貌の持ち主である。美丈夫、というのだろうか。その存在感も手伝って、先ほどは映画俳優に突然会ってしまったかのような感覚だった。俳優といっても、今テレビや映画で活躍しているようなタレントではなく、どちらかというと一昔前…。フィルムが白黒だった時代の、時代劇などの二枚目俳優を思わせる。背の高さも180cmはあるだろうか。すらりとして、とてもスマートだった。 「ここ、空気も風も気持ちいいだろう?人の手がほとんど入ってなくて、ベンチとかちょうどいいものはないから、その木陰に座って話しでもしようか」 桂が木の根本に移動する。久坂も、今日やってきた目的を思い出して、我に返った。 でも、いざとなると、一体何から聞けばいいのかわからない。ためらいながら、桂に近づいた。 「君のことは…だいたいのことは高杉から聞いているし、話してもらうより、ちょっと見せてもらったほうがいいかな。…失礼」 そういって、桂が近づいてきた久坂の額に中指と人差し指の2本をそっと当てる。反射的に久坂は目をつむった。 実際にそうしていたのはものの5秒くらいだったが、桂はなるほど、といって、その指を離す。 「…確かにね。本当に今年の春にあやかしに会うまでは君は普通の人間として暮らしていたわけだ。君の記憶の中にはそれらしい影がまったくない。もちろん、君の記憶の中にクサカの痕跡もまるでみられない。こんな状態でクサカを発見した、というのは高杉ならでは、というところだね」 そういって、桂が高杉をちらりと見る。 「…でも、それも偶然だよ。たまたま…桂の命令でこの町のあやかしを調べに来て…たいした奴いないし、何もないからもう帰ろうかと思っていた時だったし…」 高杉がその時のことを思い出すように言う。 久坂も、2月のアーケードで出会った時のことを思い出していた。あのときの高杉の必死な様子を思い出した。 「それと興味深いことが一つ。君のお父さんは、水に関係深い人なのかな?」 「あ…はい、そうですね…関係があると言えば…。父は、環境工学の分野の研究をしていて…。ずっと、汚染された水を浄化する研究をしています。微生物を使ったりする、というのが今のテーマみたいですけど…」 それは、良い研究だね、と桂が笑う。久坂もちょっと照れ笑いをした。久坂はそんな父を尊敬していて、いつか自分も環境を浄化する研究をしたいとずっと思っていたのだった。 「…さてと、余談はここまでにして…本題に入ろうかな。君が聞きたいのは、クサカの事なのかな」 「はい。その…クサカの事とか、あやかしの事とか…。もう少し自分でも知識を入れておきたいと思っていて…」 その時、高杉が唐突に跳躍して、その場を離れた。 「俺はその話につきあってもしょうがないから、その綺麗な川にでもいって来るから。桂、久坂のこと、よろしくな」 言うが早いか、その姿はその場から消え去っていた。 桂がちょっとため息をつく。 「高杉は…ずいぶんと穏やかになったものだね」 「?どういうことですか?」 「2月…だったかな、君を見つけた時の彼はね、誰も手がつけられないくらい興奮していて…。クサカを見つけた、と聞いた時は私でもその状況的にありえないと思ったくらいだから、うかつに動くわけにはいかない。そんな状態にもかかわらず高杉はね、すぐにでも君の所へ飛んで行きそうだったんだよ。妖が何人がかりで押さえてもね、それをはじき飛ばすくらい荒れていてね。ただでさえ、クサカが絡んだ時の高杉の力は計り知れないから…見かねて私が、水の檻に2週間くらい閉じこめたんだよ」 「閉じこめた…」 あの後、高杉がそんな状態になっていたなんて、想像もつかなかった。 「もちろんね、泣いて出せって暴れたけどね。落ち着くまで一週間はかかったかな。それから、これからの方針を立てて、高杉を納得させるまでまた一週間くらいかかった。だから、2週間くらいになるのかな」 彼はずっと、ずっと、探し続けていたからね、と桂が付け加えるようにつぶやいて空を仰いだ。 「あの…クサカはどうしていなくなったんですか?」 桂がちょっと困ったような顔をして久坂に向き直る。 「それは。わからないんだよ。突然ね、消えたんだよ。あれだけ大きな気配を持っていたクサカが忽然と消えるわけだから、我々も動揺してね…。どういうことだ、と皆が集まってきたよ」 「突然、消えた…」 「もちろん、一番ショックを受けていたのは、一番、彼の身近に…。それこそ、半身のように側にいた高杉だっただろうね」 その、高杉に何も言わず、クサカが消える。高杉のクサカへのこだわりようは、それこそ今身近で接していてもわかる。それが何も言わずにいなくなったら。高杉の気持ちを考えて、胸が痛くなった。 「でも…そこからが高杉のすごいところだったんだよ。皆が、クサカはこの世界から消えてなくなってしまったという結論を出したのに、彼だけはクサカの気配はまだある、といって譲らなかった。そして、本当に見つけ出して来たんだよ。クサカの力の切れ端を」 「あ…それが…」 久坂は高杉と出会うきっかけになった小瓶を思い出した。高杉があの時言っていたように、あのなかで青白く燃えていたものが、久坂の力の一部。それが、自分には見えていた…。 「高杉だから、あれを見つけられたんだと思う。我々では、感知できなかった。でも、高杉は見つけた。その高杉が、どうみても人間にしか見えない君をクサカだと断言した。それで…我々も本格的に調べてみたってわけだよ」 ところがねぇ、と桂が困ったような笑顔をうかべた。 「どう調べても、君から妖力は感じられない。まわりにそういったものがいる気配もない。でも、ただね、やっぱりね…」 「?」 桂が久坂の顔をしみじみと見ながらつづける。 「そっくり、っていうことはないけど、似ているんだよ。やっぱり、君は、クサカに。面影が残っているというか…。もしクサカの少年時代を見ることがあるとしたら、君みたいだったのかなって思うくらいにはね」 「俺が…クサカに似てる…」 「それにね、今もこうして近くにいて君の気配を感じてるからわかるけど、この柔らかな気配はやはりクサカのものなんだよ。妖力の気配とは別でね。長い付き合いだからね、私もわかるよ」 そういえば、高杉も自分の気配がどうの、と言っていた気がする。 「普通、妖やあやかしは万が一人間に転生したとしても…その持っている妖力を全くなくして人間になる、ということはないんだよ。妖力は持ったままで、転生するときに使った人間の力を借りて、新しく妖、もしくはあやかしになるだけなんだ。だから、君の場合、妖力を全く持たない、という状態で転生するというのは考えられないことだけど…でも、どういう作用か、それとも、別に隠されているのか、それはクサカの意思なのか、とにかくそうやって生まれ変わった」 「…………妖って、あやかしって、何なんですか?」 そうだね…、と桂がまた空を仰ぐ。 「一言で説明するのは難しいね。…いうなれば、この自然界で人間に関わる生命の中で人間に最も近しい、そして全く違うもの、というところかな」 「近くて…全く違う?」 「この自然界を構成している一部なことには変わりないんだけどね。力とするものが違ったり、我々からは人間は見えるけど、人間からは我々は普通は見えない。人間には寿命というものがあるけど、我々には明確な寿命というものはない」 高杉は水から力を得て、それを発することで力とする、といっていた。それがそういうことなのか。 「高杉は、水。これはもう君は知ってるよね?」 まるで考えていたことをみすかされたようでどきりとした。 「そのように、水を力の源とする者もいる。土がそうだったり、火がそうだったり木がそうだったり…。あやかしが妖と違うところは、自分の源の力の他に“人間”をその力に加えようとすることだよ。好戦的で…攻撃的で…自然界の調和にとってそれは危険な事だ。あまり無茶苦茶な事をすると、我々の存在そのものにも関わってくる問題だよ」 自分も襲われたからわかる。ついこの間のあやかしは、石が力の源なのに、人間の久坂を襲おうとした。初めの木のあやかしもそうだった。久坂は思い出してちょっと身震いをした。 「そうか、君はもう何度か襲われているんだったね。ごめんね、怖い思いをさせて。でも、高杉は久坂がいなくなってからかなり力をコントロールするために修行をしてね。全力で君を守ろうとしているのは間違いないんだよ」 それを聞いてちょっと久坂は顔をあからめる。 それは、わかります、と小さな声で答えた。 そんな久坂を見て、桂が少し微笑む。 「昔のクサカはね、あやかしが自身にとって必要以上の力を得るために、または快楽のために人間を殺戮するようなあやかしを絶対に許さなかったんだよ。それこそ、鬼神のようにね。そんなことをするあやかしがいたら、人が変わったように討滅していた。その怒りと力はすさまじくて…。でもね、そこにクサカは矛盾があった」 「矛盾って?」 桂が言ってもいいものか、という表情で目を泳がせたのがわかった。言いにくいことでも、そこまで言ったのなら教えて欲しい。 「何なんですか?」 続けて聞く。 「……人間の君にいうのも、酷なのかもしれないけど…。さっき、我々は力にする源がある、と言っただろう?クサカの場合、その属性は人、なんだよ」 「人……人間?」 「人の力を喰らって、それを力とする。それが本来のクサカのはずなんだよ」 久坂は目の前が真っ暗になった気がした。 「自分も…人間を喰らうのに、同じように喰らおうとするほかのあやかしは許せなかった、っていうことですか…?」 かろうじて声を出す。 「正確に言うと…それも違う。クサカは本当に優しい奴でね。誰をも襲わず、誰をも喰らわなかった。いつもおだやかな顔をして、たまに人間界にいたずらをしに行ってみたり…。そうして遊びにいった人間界で覚えた歌や踊りをまねてみたり。人間を殊更愛おしんでいたんだよ。…高杉と一緒にいるようになってから、特に良い表情をするようになってね。…幸せそうだった」 それが、クサカの抱えている矛盾。 よくわからないが、なんだかそれは悲しいことのように思えた。クサカと一緒にいたときのことを思い出している幸せそうな高杉の顔が浮かんだ。きっと、2人で幸せだったのだろうと、納得できる。 「だからこそね。私は高杉が君の側にいくのを許可したんだよ。たぶん、クサカのことだ。何か、訳があると思う。それに、無自覚のまま、人属性のクサカの妖力だけが覚醒してしまって、君の意識を支配するようになっても大変なことになる。我々としても、このことがどういった方向に転ぶか解らないからこそ、高杉が君を守る、というのを許可したんだよ」 ただし、と桂が真面目な顔で久坂に向き直った。 「条件があってね。君に無理矢理思い出させようとか、妖力の覚醒を促すようなことはしないこと。高杉の口から、クサカについての説明を極力しないこと。あくまで見守るのが目的であって、今人間の君をこちらの世界に巻き込まないこと。そんな感じかな。高杉は、あらかた守ってるみたいだけど」 それを聞いて、久坂も考え込む。確かに、高杉はクサカについて、必要最低限のこと以外何も話してくれない。自分に近づいてくることも、今でこそ機会は増えたが、以前は全くなかった。そして、やはり記憶を取り戻させようということはしない。でも、今の話を聞いていたら、高杉としてはクサカに戻って欲しいのではないかとやはり思う。それを押し殺して、今の自分を守ってくれているのだ。 「あの…でも、どうして高杉の口から、クサカのことをあまり話さないっていう条件があるんですか?」 桂がまた困った表情をした。 「…それはね、高杉のクサカに対する思い入れの深さを考えると…高杉の主観抜きで、冷静にクサカについて話が出来るかどうかは信用できなかったからだよ」 「高杉の、主観…」 「客観的に説明するなら、クサカにとって高杉はかけがいのないものだったし、高杉にとってクサカは自分が存在する理由の全てってところかな」 その言葉に、以前高杉が、なぜそこまでしてクサカを守るのか、と聞いたときに“俺はクサカのもので、クサカは俺のもの”と答えたのを思い出した。ニュアンス的に、それに近い。でも、やはり今久坂がはっきりさせたいこととは少しずれている。そう思ってしまうのは自分が人間だからなのだろうか。 ふふ、と横で桂が笑う。久坂をのぞき込んだ。 「本当に君が私に聞いてみたかったのは、高杉とクサカの関係について、じゃあないのかな」 また考えを読まれた気がしてみるみる顔が赤くなる。 「いえ…、べつに、そんなの、気にしてませんし…」 しどろもどろ答えた。 また桂がふふ、と笑う。絵になる人なだぁ、と頭の中で違うことを考えていた。顔を背ける久坂にかまわず、桂がそうだね、どう言おうか、と考えている。 「あの2人の間にはね、我々や、人間でもそうだと思うけど、それが抱く親近感や、親愛の情ではなく、別のとある感情が存在していたと思うよ。そして確かにそのとある感情をお互いに共有して、2人は幸せにくらしていた。これ以上は先入観を与えちゃうから言わないほうがいいかな」 「…………」 久坂はなんと答えていいのかわからない。 「少なくとも、そういったとある感情が、久坂の今回の転生にもつながってると思うよ。例えば…転生先に、“久坂”という名前を選んだこと。これで見つけやすくはなる。少しはね。そして、君の父親が水に深くかかわっているということ。しかも、水をきれいにする…。それをして助かるのは水属性の高杉達だからね。私は、そういった人物を選んで久坂は転生したんじゃないかと思っているんだよ。高杉だけがみつけられるよう力の欠片を残したのも…。もしかしたら、偶然じゃないかもしれないね。でも、これは推測だよ?」 クサカはもしかしたら、高杉に見つけて欲しかった。そういうことだろうか。そのくらい、クサカは高杉のことを…。自分のことなのに、他人のことのようにしか思えなくて、また複雑な感情がわきあがってくる。 しばらくそのまま久坂は桂と話をした。妖やあやかしのだいたいの数、分布。そして、高杉もそれに含まれるのだが、普段いる場所を動かない桂に変わって世の中のことを調べたり、あやかしを討滅したりする“飛目(ひもく)”と呼ばれる妖達のこと。 いろんなことが頭の中に入ってきて、ちょっといっぱいいっぱいでぼーっとした気分になってきた。 話が一段落して、久坂は木の根にもたれ直して、木の葉の間からもれる太陽の光をみつめた。まぶしくて、目を閉じる。今まで高杉に出会ってから起こった出来事が頭の中に次々と思い浮かぶ。そして、自分に向けられた高杉のいろんな表情。殊更に、久坂を通してクサカを思い出している時の瞳が頭から離れない。 高杉は、本当にこれでいいと思っているんだろうか。 …そして、そんなクサカを想う高杉に自分はこんな複雑な想いを抱えていていいんだろうか。 …と、そこまで考えたときに急に顔に熱が上がってきたかのように真っ赤になった。 ちょっと待て、今、自分は何かあぶないことを考えかけたんじゃないだろうか?何か、自分の常識の中から逸脱した事を考えたような気がして、誰かに聞かれたわけでもないのに一人あわてふためいた。 「何一人でばたばたしてるんだよ?」 頭の上から声が降ってくる。え、と思って顔を上げると、そこにはまさに今考えていた人物、高杉が立っていた。 「う、うわっ…」 久坂は思わず立ち上がって距離をとる。それを不審そうな顔で高杉が見ていた。 「もう、話はだいたい終わったよ。高杉も、川の水は堪能してきたかい?」 桂がにこやかに立ち上がりながら、高杉の肩を叩いた。 まあね、と顔を背けながら答える。もちろん、高杉がわざわざ川へ行っていたのは、久坂が桂と話をしやしすくするためであって、楽しんできたわけではないので、内心ではどんなことを話したのか、心配そうだった。 そんな高杉を見て、桂がくすり、と笑う。 「話の内容、やっぱりお前も一緒に聞いておいた方がよかったんじゃないか?」 すこし意地悪気な言い方を高杉に投げかける。 「…別に、いいよ。聞いたって、どうせ俺はわかってる話なんだろうからさ」 「…そうだね。じゃ、高杉も戻ってきたから、今度は2人に関係ある話をしようか」 桂が車の置いてある方に向かって歩き出す。高杉と久坂は何だろう、という風に顔を見合わせた。そんな2人に、桂が振り返って手を振る。 「ほら、早く。もうお昼だから、食事でもしよう。この麓にね、自然食使った料理を出してくれるレストランがあるんだよ。こじんまりとしているが、話しやすい間取りだから、ちょうどいい」 それを聞いて、あわてて久坂と高杉がかけよる。久坂はもしかして、レストランでもあのコートやサングラスの格好で話すのでは、と心配になったが、杞憂に終わったことに後でほっとしたのだった。 レストランで聞いた話は、多大に先日のあやかしに関係のある事だった。 桂の話によると、どうやらあやかしの間にある噂、が流れているらしい。あやかし同士は基本的にはお互いを信用しないので、そんな噂が流れてもどれほどのあやかしが信じるかはわからないが、自分に利益があると判断したときには行動に移すという。 それは“今、人間の中に、特別な奴がいる。そいつを喰らえば、誰もかなわないような力を得られるらしい”と、要約するとそういうことらしい。その特別な人間、というのが久坂だとしても、その噂の中に高杉が近くにいる、という話は一つもなかった。 「じゃあ、なんであのあやかしは高杉の存在を知っていたんでしょうか」 久坂が不思議に思って尋ねてみる。 「…はっきりとはわからないけどね、何か…あやかしの中で、君たち2人を見ているものが近くにいる、ということじゃないかな。実際に見ているから、噂を信じることができる、そんなあやかしがいる。たぶん、それはその、石のあやかしではないだろうな。もう少し妖力の強い…自分より下等なあやかしをあやつれるような。そういった類のものかもしれない」 高杉が、飲んでいた水のコップを手に持って、コップの中の水をくるくると回す。 「自分より下等な奴をしかけて、どこかでそれをじっくりと観察してた…ってことか。確かに少し驚いたけど、妖の力としては、たやすく倒せる範囲の相手だったしな…。仮に久坂の中へ入れたって、うまくいきっこないような力しか持っていなかったし…」 「また、そうやって仕掛けてくるか…それとも、自分が動くか…どちらにせよ、狙いを定めているのは確かだね。あの噂を、信じているのならね」 桂も食後のコーヒーに口をつけながら答える。 久坂もコーヒーを両手でもったまま、うつむいてつぶやいた。 「…どうして…そんな噂が流れるんでしょうか。それに、俺のどこをどうしたら…そんな噂が流れるのか…」 それがいまいち解らないところだった。自分には妖力は何もない。他の人間と違うといえば、妖やあやかし、その気配、その力が見える、というくらいのものだ。それがなぜ、自分を食べればとてつもない力を得られるという話になるのだろう。 桂がコーヒーをソーサーに戻した。 「これはまだ、情報収集中だし、はっきりとしたことじゃないんだけど…。我々のほかに、クサカが人間に転生したことを知っている者がいるのかもしれない。今の君は確かに人間だし、以前のクサカのように強力な力を持っているわけでもないが、もし、細かい事情を知らないとしても、あれだけ強力な妖だったクサカの力をたとえ人間の姿だったとしても得られるとしたら、それは確かに噂に登ると思うよ。クサカという名前は、それだけ威力があるということさ」 高杉が以前言っていた、自分の妖力に見合わない事をしてでも力を得られると信じられた何か、というのがそれなのか、と久坂は思った。 それに、と桂が付け加える。 「あやかしは、自分の力を巨大にしようと思ったとき、その臭いをかぎ取る力が増大する。悪い言い方をすれば、獲物を見分ける力が強いということなんだ。だから、さっき言った仮定のように、クサカ、という名前を知らなくても、君の中に何か、それがどういうものかはわからなくても、何かある、というのは感じとっているんじゃないかな。だから、噂を信じる。そういう、考え方もできる」 そんな噂で自分を喰らおうとするものが、いろんな所にいる。そう考えると、やはり震えが来る。こんな、非日常的なことはやはりまだ平気でいられるほど慣れてはいなかった。 そんな久坂を横目でみて、机の下の自分の膝の上で拳をにぎって震えを押さえようとしている久坂の手に、そっと高杉が自分の手を重ねた。久坂はびくり、として顔をあげる。だが、高杉は重ねた手をさらにぎゅっとにぎる。もちろん、桂には見えていない。その状態のまま、高杉が真剣な顔で桂に向き直る。 「こうなったら、なるべく久坂から目を離さないようにする。もちろん、人間の生活は乱さないようにするけど、公然と一緒にいられる機会があるなら、それは近くにいてももうかまわないな?」 これはたぶん、先に桂が言っていた高杉が久坂の側にいるというために出した条件を少し変えるという宣言なのだろう。 一方久坂は、高杉が重ねてくれた手の温かさに、震えが止まっていくのを感じていた。こんな時、不安を消してくれる高杉の存在をとても不思議なものに思う。 桂も、事態が変わってきていることを加味し、高杉の言葉に反論することはなかった。 「お前がちゃんと考えて動いているのはわかったからな。ある程度の事はもう、お前達の判断に任そう。だがな、勘違いするな。任すってことは自由にした、というわけじゃないことを、ちゃんと頭にいれておくんだぞ」 最後は念を押すような口調だった。 わかってる、と高杉も答える。 そのやりとりを、当事者ではあるのだが、まるで第3者のような気分で久坂は聞いていた。やはりどこかでこれが現実のことと理解できない部分があるのかもしれなかった。 日が傾く頃、三人は解散することになった。もちろん、桂があの、桂曰く防御服で運転する車で久坂の家まで送っていくという。家族にそれが見つかっても面倒なことになりそうなので、とりあえず近くの、例の雑木林の抜けたところまで送ってもらった。どうやら桂は、この町のホテルで一泊して、また飛行機を使って居場所に帰るらしい。ということは、空港のホテルを使うのだろうか。そんなこともぼんやりと考えていた。 高杉と久坂を予定の場所で降ろし、桂が運転席の窓をおろして、サングラスをずらす。ちゃんと瞳を久坂にむけて、ほほえんだ。 「また、会おうね、久坂」 「こちらこそ、あの、ありがとうございました。桂さん」 そういって御礼をいう久坂に、桂が、またふふ、と笑って人差し指を違う、というように振る。 「桂、でいいよ。“さん”はいらない。私たちは古い友達だ。敬語もいらない。そうしてくれると、私もうれしい」 そして、手袋をはめた手を久坂にさしのべた。 「…わ、わかりました、じゃなくて、わかった。桂。また、会おうね」 その手を久坂が握り返す。 桂が満足したように笑った。(マスクをしているので、とりあえず、目は笑っていた)そして、高杉に向き直る。 「わかっているだろうが…。お前の役目は今まで以上に重要だ。お前にとっても大切かもしれないが、クサカを大切に思っている妖はたくさんいる。そのためにも…お前は、いつまでも潜…」 「わかってるよ!!そんなの、いわなくても!!」 桂がなにか言いかけたのを、あわてて高杉が怒鳴って遮る。 まだ、気にしてるのか、と笑って、今度こそ桂の車は闇に消えていった。 後には、久坂と高杉の2人が残された。 「…ねえ、今桂、なんていいかけたの?」 「そういうことは、知らなくてもいいの!」 ちょっとすねているように高杉が答える。どうやら、触れて欲しくない何かならしい。自分には話せないことなのかな、と思ってうつむいて自重する。知りたいことは次から次から出てくるけど、でも、あまり聞いてはいけないのだ。その境目がまだよくつかめない。それもこれも、自分がこんな転生した状態だからだろうか。 うつむく久坂に、高杉がちらちらと視線を送りながら、言いにくそうにつぶやいた。 「別に、お前を除け者にしたわけじゃないんだぞ。その…。俺的に、だな。ちょっと言われたくないこと言われそうになったから、言わせないようにしただけで…。言われなくたって解ってるのに、わざわざ言うからさ…ちょっと、言っただけだから」 久坂が気にした、と思って一生懸命言い訳しているらしい。そんな高杉を見上げて久坂が微笑んだ。 「これからは、お前に聞かないで、桂になんでも聞いたほうがいい?」 ちょっと意地悪く言ってみる。 「だ、だめ!それはだめだ。桂と会うときは俺も一緒に行くからな。それに、さっき桂からある程度は俺が判断していいって聞いたから、まずは俺に聞くのが筋なの!」 平気そうな振りをしながら必死に言う高杉が今はおもしろくってしょうがなかった。 「でも、桂って、ほんと存在感あって、しかも美丈夫で…すごいよねぇ…」 「お前程じゃないよ」 いきなり即答。 は?という理解できない顔で久坂がぽかんと高杉を見つめた。 「あ、あ、えと、クサカも存在感とかあったし、クサカもその…綺麗だったし。お前だって…」 そこで言葉がとぎれる。クサカと比べられて、別に自分の方が勝ってるとか、そんなことは思わないけど、そこで言葉を切るのは失礼だと思う。腹が立ったけど、でもしょうがない。あの、桂と肩をならべるくらい評価されたクサカだから、きっと高杉がいうように綺麗だったのだろう。それこそ、人間ではないのだから、なんだか妙な言い方だが、理解できるような気がする。 「クサカのこと、ちょっとだけど感情的に話したの、はじめてだね」 そういって、笑って返す。 高杉が、どういっていいか解らない、という顔をしている。今まで話すな、と言われていたからなおさらのことか、と思う。クサカは存在感があって、綺麗で…その後もきっと、しゃべらせればつらつらと続くのだろう。それが、高杉の主観。 「……桂もそうだけどさ。俺にとっても、お前には解らないかもしれないけど、クサカ本人が姿を少し変えて目の前にいるのと一緒なんだよ。だから、なんか…こう、本人を前にして、言いにくいこともある」 高杉が目を泳がせている。このくらいで深くつっこむのはやめよう、と久坂は思った。 「でもさ、聞き忘れたことがあるんだけど…」 上目遣いに高杉をみる。慌てていた高杉が、ちょっと落ち着いたようだった。 「何を?」 「お前達の、名前。それ、どういう風に決まってるの?桂は名字?名前?」 あー、それね、と高杉が手を打つ。 「人間の名前の感覚とはちょっと違うんだよ。俺の人間界での名前はっていうか、名字、名前って決まってるのは偽名だよ。俺の高杉ってのは、昔からの通称名。桂も、クサカもそう。俺たちは固有の名前を持たないから、通称で通ってるんだよ」 「通称名?」 そうだな…と高杉が腕を組んで考えた。 「例えば、俺たちは人間のように両親とかいる訳じゃなくて、変な言い方すれば、発生するんだけど、そうしたら、水属性の新しいのが発生した、ってことになるだろ?名前ないんだから」 「うん…」 「だから、これは妖によってさまざまなんだけど、自分に縁のある土地の名前とか、物の名前とか、人の名前とか、…なかには、自分で凝って考える奴もいるけど、とにかく何か名乗るか、もしくは誰かにつけられるんだよ。そして、それが呼び名になっていくっていうわけさ。だから、桂も通称名。場所とか場面によっては、違う呼び名で呼ばれることもある」 「へー…」 一応納得する。だから桂が、クサカが転生するときにわざわざ『久坂』を選んだのには訳があるかもしれない、と言ったのか。久坂はその魂が転生で定まるまで、そういった条件にあう転生先を捜していた、ということだろうか。 「……俺の通称名をつけてくれたのは、クサカなんだけどな」 「えっ、そうなの?!」 「そうらしいよ」 そこで、ちょっと待って、と久坂が考え込む。そういえば、時系列について全然考えてなかった。 「桂って、凄い妖力の気配と…存在感だったよね。あれだけだと、…長く生きて、力をつけてるから、とか…そういうことになるの?」 高杉が首をかしげた。 「確かに今日空港に現れた桂は気配をわかりやすいように出していたけど、あれ、本体じゃないぞ。桂の一部が実体化して来てくれただけのことだ。あいつは普段は自分の定めた場所を動かずに、いろんなところに手配した飛目たちの情報を整理したり、面倒見たりしてるからさ」 「えっ!」 久坂が驚いて高杉を見る。現れた桂、そして近くにいた桂はすごい妖力と存在感だった。あれは、ほんの一部なのか。 驚いて目を白黒させている久坂に高杉がさらに言う。 「いっとくけど、クサカもあれ以上だったんだぞ。桂がクサカの名前にはそれだけ効果がある、みたいなこと言ったの、冗談じゃないんだからな。って…お前、聞いてる?」 黙ってる久坂をのぞき込む。久坂は、といえば、頭が飽和状態になっていた。今日いろいろと聞いた上に、何か、さらに理解不能で…。なんだか不安になって、高杉を見上げた。問いかける。 「お前さ、いったい、何歳なわけ?桂はどのくらい長く生きてるの?クサカは?」 たたみかけるように聞いた。 「そ、そうだな…あんま意識してないからな…。桂はとりあえずクサカよりは長く生きてるわけだから…千年以上はたってるわけだろ、そんで…」 「せ、千年?!クサカが?!」 言いかけた途中の高杉を驚いた久坂の声が遮る。 「そりゃ、正確にはしらないけど…人間みたいに、誕生日を祝う、なんて習慣ないし。まあ、人間も昔はそんなになかったみたいだけど。久坂は少なくとも千年は生きてるぞ。話聞いてたらわかる」 「で…じゃ…それじゃ、一緒にいたっていうお前は?」 「…………」 高杉が答えない。なんだか、聞かれるのが嫌みたいだった。 「まさか…。見た目通り、俺と同じってことはないはずだよねぇ…」 とりあえず、聞いてみる。 「アホかっ!お前自身はまだ16年生きてるかどうかそこそこだろ!!クサカを捜して俺は百年近くたつんだぞ、そんなわけあるかっ!!頭悪いな、もう!」 「だから、聞いただけだろ、なんでそんなに怒るんだよっ!」 久坂も負けずに怒鳴り返す。 「どうせ、俺は若造だよ…」 「え?」 ぼそり、と小さな声で高杉がつぶやいた。聞き取れなくて、久坂が聞き返す。 高杉が少し顔を赤らめながら、なんでもない!と答えた。そして、久坂の肩を掴む。いきなり真正面を向かされておどろいて高杉の顔を見る。 「何…?」 それでもいつもより心持ちやさしく聞き返した。 その声に、高杉が少し目を細める。そして目を閉じた。 そう思った瞬間、高杉の唇が自分の唇に当たるのがわかった。 「………!!」 驚きはしたが、抵抗はしなかった。唐突すぎて、抵抗することも忘れたのかもしれなかた。 ゆっくりと高杉が唇を離す。 「今日、桂に言ったように、これからは今までよりはずっとお前の側にいるからな。もちろん、お前は自分の生活を変えないでいい。お前が図書館に行くなら、俺も図書館にいくし、誰かとでかけるなら、邪魔しないように遠くから見てる」 「…図書館にいって、お前、何してるんだよ」 少々場違いな質問で返した。 さあ、と高杉が首をひねる。そして思いついたように口にした。 「お前に勉強を教えてもらってるっての、口実になるかもね。周りにも」 「教えるってほど、俺、勉強できないよ」 その理由に驚いて、とりあえず切り返した。 高杉が片目をつぶって、にやりと笑う。 「口実にね。使えるんじゃない?」 「口実…?」 ひらり、と高杉が宙に舞った。 「絶対、お前を守るからな」 「ちょ…」 久坂が何かを言い返す前に高杉の姿は宙に消えていた。久坂はそっと、先ほど高杉の唇が触れた自分のそれに手を当てる。驚いたのは本当だが、抵抗しようと思えばできた。でも、しなかった。一瞬だったから、といえばそれまでなのだが。 クサカと高杉は親愛の情とは違うとある感情を共有していた 桂の言葉が頭に響く。 そしてまた複雑な気分に陥っていくのだった。 第4話・了 続く
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