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ボーイズラブが前提の長編小説です。主人公は高校生。ある日、不思議な少年に出会ったことから、怪奇な事件に巻き込まれていく。惹かれ合う2人だったが…?! Copyright © 雨振舘 All Rights Reserved. Template by RESIST. Powered by FC2 Blog |
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Author:あまふりあおの 最近のコメント カテゴリー
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お話のタイトルは「DARK HALF」です。中学生でも読んでも大丈夫!ですが、ちょこっとそういう描写もありますので注意です!(指定するほどじゃないので…)
管理人の日記はリンクから”雨振舘つれづれ日記”へどうぞ。お話についてもつぶやいてます。 拍手、コメント、メール大歓迎です!感想ぜひぜひクダサイ! 著作権放棄してないですよ。無断使用、転載等やめてくださいね。 ☆管理人とはこんな奴 ☆日記はこちら ☆登場人物紹介へ ☆あらすじへ ![]() 〜アンケートご協力ありがとうございました!結果発表をお楽しみにvv〜 ☆☆こんなのあったので作成してみました。はじめからこういうアンケート作成してればよかったかも…。 人物アンケート気が向いたらやってみてください…。
2007/05/18
/22:17
夏が終わり、あっという間に秋になった。
学校行事も夏休み明けの実力テストから、体育祭、そして中間テスト、とようしゃなく日常を紡いでいく。その中に身を置く、現在高校一年生の久坂と、現在高校一年生、ということにしている高杉。夏休みまでは、登下校こそ一緒にしているものの、学校ではほとんど接触しない、という2人だったが、夏休みが終わると、学校でも当然のように一緒にいることが多くなった。周りの友人からは、そんなに仲が良かったかな?と首をひねられることもあるが、まあそう深くつっこむほどのことでもないので、2人はともかくも、仲の良い友人という認識をつけることになった。 そして、この日も当然のごとく一緒に下校する。 「この間、一緒に登下校するのは何でだって聞かれたよ」 高杉が横で伸びをするように両手を伸ばしながら、久坂につぶやいた。 「ふーん…。そういえば、俺はそういったこと聞かれたことないなぁ…。なんて答えたんだよ?一応口裏あわせておいたほうがいいだろ?」 「家が近い、古くからの友人だからっていっておいた。一応」 「古くから…。まあ、嘘じゃないんだろうけどねぇ…」 確かに、自分は覚えてはいないが、高杉は自分の前世であるクサカと一緒にいたわけなので、嘘はついていない。でも、久坂としては何一つ高杉のことは覚えていないので、もしそこをつっこまれたら嘘を付くのが下手な久坂は巧く答えることができないだろうとも思った。 「久坂のほうは全然覚えてなかったから、最近改めて仲良くなった、とも言っておいたよ。他に、言いようがなかったし」 「……これは、覚えてない、で通しておいた方が無難かもね…」 ああそれと、と、高杉が今度は少し困った顔になって言う。 「品川がな…。あいつだけ、なんでか知らないんだけど、しつこいんだよ」 品川とは、クラスメイトで、まあ、女好きで名は通っているが、それと同時に、妙に勘が鋭く、小さな出来事からも大きな情報を得てくることに長けていた。情報通、としても知られている。その品川が、なんでしつこく高杉につきまとっているのか。久坂はなんだか嫌な予感がした。 「そういえば…。お前って結構前から品川と仲いいよな。しつこく聞いてくるって、もしかしてお前の正体とかその、あやかしとかのいろんなこと、かぎつけられたとか、じゃないだろうな…?」 「いや、そういうんじゃないんだけど…」 心配する久坂をよそに、高杉はまた困った顔になった。やっぱり、何か嫌な予感が久坂はしていた。 「じゃあ、どういうことだよ」 高杉が険しい表情になった久坂から微妙に距離をとるように離れる。 「そんなたいしたことじゃないんだけど…。お前と、俺が夏休みに何かあっただろうって、しつこく詮索するんだよ」 「お前と…俺が?夏休み?」 久坂も頭を巡らせる。夏休みといえば…。一緒に空港に行って、それから桂に会った。その後は一緒に図書館で勉強したりして過ごした。そして、8月下旬に課外学習に一緒に行った。そこであやかしに襲われて、ひどい目にあった。そして、その時…。 そこまで考えて、いったん思考が止まった。 たぶん自分でも意識的に忘れようと思っていたことが、頭の中に蘇ってくる。 高杉がいなくて不安だった自分。 高杉が側にいて、安心して身を任せた。そして…。 「ちょ…ちょっとまて、品川は一体何をお前から聞き出そうとしてるんだ?!」 「いや、俺もそこはいまいちよくわかんないんだけどな、とりあえず、夏休みに一緒にいたこととかちょっと話した」 「な、何を?!どこまで?!」 思わず声が大きくなる。久坂の顔はいつしか真っ赤になっていた。 「いや、たぶん、お前が考えてるようなことは何もしゃべってないから…って、おい!!かばんで人を殴るなよっ」 久坂のそういう反応をはじめから解っていて微妙に距離をとったくせに、高杉はそんなことを言う。 「俺が考えてる事ってなんだよっ!!」 久坂は久坂で、自分の考えが読まれていたことに腹が立つ。腹が立って、むやみに振り回していた腕を簡単につかまえられた。あっさりと、高杉の胸にひきよせられる。ここは人気がないとは言っても表なので、さすがに久坂も我に返ってそこから逃れようとする。その抵抗に、高杉がため息をついた。 「だから、心配するようなことは何も言ってないって。あいつも何を聞きたいのかよくわかんないけど、妙に勘が鋭いからな、お前の俺に対するガードみたいなものが緩んだのがちょっとわかったのかもしれないな」 「いつ、誰が、ガードをゆるめたんだっ!!とにかく、今この体勢って絶対、後でいいわけきかなくなるから離せってば!!」 しょうがないな、という風に高杉がまたため息をついて久坂を離した。解放されて、久坂もほっと息をつく。ただ、心臓だけは早鐘を打ったみたいにまだ鼓動が早かった。最近は、高杉の接触がかなり心臓に悪いと思っている。近寄ってきたり、誰もいないところで抱きしめてきたり、ということは初めからあったのでだいぶ慣れてきたかな、とは思っていたが、最近ではそれもまた、違った意味で不慣れになってきていた。 「そうなんだよな。夏の時は、こう…。やっとお前が俺に心を許してくれた、って少し思ったんだけどな」 「べ、別に…お前に心を許してないわけじゃ…ない、じゃないか…」 久坂が高杉の言葉にうつむいて小さな声で答える。 高杉を警戒してるとか、信じていないとかいうわけではなくて、夏にキス、までをしたのはそれは少なくとも、雰囲気に流されただけではなく、それでいい、と自分で思ったからだった。でも、その後に高杉から、それよりも先のことをほのめかされて、気分が落ち着かなくなったのは確かだった。 高杉にとってもしクサカに対してそうすることが当然だったとしても、やはり覚えていない久坂にとっては気持ちとして素直に認めることができないでいた。今の自分に向けてくる高杉の感情から、愛情のようなものを感じることはできる。でも、それは本当に自分にむけられたものなのか、というのがどうしても心でひっかかって、自分自身の感情すら整理できないでいた。夏の時から、ずっとそれは考えていた。 黙り込んでしまった久坂を見て、高杉が苦笑する。久坂の頭を優しくなでた。 「別に、困らせようと思った訳じゃないから、深く考えるなよ。俺だって、考えてみればお前の側にいられるだけで贅沢って思わないといけないくらいなんだしな。それ以上求めていったらきりがないし。お前も、無理するなよ」 その言葉に、また自分でも嫌になる感情が頭をもたげてくる。 本当に、俺の、今の俺の側に、お前はいたいと思っているんだろうか…? いつまでたっても、その考えから逃げられない自分がいつも嫌になる。そう思ってしまう要素はたくさんある。今の自分は高杉や桂など、自分を守ろうとしてくれる妖たちにとって何もできていない。ただ、守られているだけで、何の役にも立たない。あやかしたちから狙われる割には、傷つくのはいつも高杉ばかりで、自分は特にできることがあるわけでもない。 だって、クサカはすごかった、っていうから。 本当に自分がクサカなら、高杉のために何かできることはないだろうか、でも、それはなるべく今の自分が、できることでありたい、と、そんなことも最近考えている。 「べつに、無理なんて、してない。どっちかっていうと、お前のほうが変に遠慮したりしてるんじゃないか」 「だから、それが無理してるっていってるんだよ。遠慮無しにさっきみたいに抱き寄せたら、嫌がるだろ?」 「そ、それは…だって、こんな誰が見てるかわからないようなところだったら、誰だって嫌がるだろっ」 赤くなって久坂が抗議する。 「…ま、そうかもね。だから、俺だってなるべく触れないようにしてるし」 「…………」 確かに、最近はよく一緒にいるぶん、以前のような接触は少なくなった。ただ、たまに、先ほどのように抱きしめられることはある。でも、夏の様にそこから、例えばキス、のようなこととかそういったことはなかった。 「最近、お前の出す、こう、近づくなーっていうオーラがすごい時あるから、さすがに俺でも手が出せません」 そんなことを言って高杉が笑う。 「だって…それは…お前の心が、俺には見えないから…」 ぽつりと、聞き取れるか聞き取れないかぎりぎりくらいの小さな声で久坂がつぶやいた。 「…?何…?」 それに驚いて高杉が久坂に顔を近づける。うつむいていた久坂が顔を上げた。お互いの瞳が至近距離にあった。 「…お前こそ、遠慮しないで、俺に何か、要求してくれよ。…でないと、俺はお前が何を思ってるのか…。ますます、わからなくなるから…。お前のことも、俺のことも」 「…久坂?」 高杉が、久坂の言わんとしていることの意味を測りかねて問いかけるように名前を呼んだ。その声に、久坂も堰を切ったかのように言葉があふれ出した。 「だから…っ!お前とクサカは、お互いをお互いのモノだと思っていたかもしれないけど…っ、でも、それじゃあ、俺は一体なんなんだよ。俺はお前のなんなんだよっ!」 高杉が驚いて目を丸くしたのがわかった。 「それでも俺は…すくなくとも、俺は…、お前のことを…」 そこまで久坂が言いかけたとき、あやかしの気配を感じてはっと我に返った。同様に高杉も久坂をかばうように抱き寄せると、自分たちの周りだけに結界を張る。 「いつものやつが…現れたな。久坂、このままじっとしてろよ。今は俺たちの気配は向こうにはわからないはずだ」 「う、うん…」 そのまま2人とも息を殺す。静かにしていると、余計にあやかしの気配が鮮明になる。それが2体いることが、久坂にもわかった。更に、1体は、覚えがあるモノだった。 夏に、河原で襲われたときに、水のあやかしとは別にいた、もう1体のほうのあやかしの気配だった。 「…っ!!高杉、こ、これは…っ?!」 そのあやかしの異様な気配に久坂が思わず声をあげる。見えるわけではない。だが、近くで起こっているであろう状況が気配だけ伝わってくる。覚えのあるあやかしが、別のあやかしを、まるで食べているかのような、そんな、音まで聞こえてきた。その異様な気持ち悪さに、身震いをする。 「…しっ!大人しくしてろ。たぶん、お前の考えてることは当たりだ。この近くで、あやかしが同士喰らいをやってるのさ」 「ど、同士喰らい…?同じあやかしを食べてるってこと…?」 「そういうことだ。あやかしは、奪う事しか基本的にできないからな…。相手の力を無理矢理取り込もうとして、その手段としてやってるんだよ…」 「奪うことしか、……できない……」 久坂は、また何かを思い出せそうで、思い出せない感覚に襲われた。いつか、妖力で自分の身体を支配される、という可能性を聞いたときと、似ている既視感だった。身体ががくがくと震え出す。落ち着こうとすればするほど、あやかしが食べている音が耳に付く。自分の身体を支えているのがつらくなって、高杉にしがみついた。 「…大丈夫か?!」 高杉が抱き留めて支える。それでも震えが止まらなかった。 「……何か解らないけど、すごく…気分が悪い…。震えが…止まらなくて…」 とうとうがくっと膝から力がぬけた。 「久坂?!」 あわてて高杉が抱く手に力をこめる。それでも久坂の震えは止まらない。高杉が、膝をついて、久坂を地面におろす。そして、せめてあの音が聞こえないようにと、久坂の耳をふさぐように自分の胸に久坂の頭を抱いた。久坂も、抱き込まれた姿勢で耳を高杉の胸に押しつけるようにしがみついた。 高杉の心音が頭に響き、だんだんと落ち着いてくるのがわかった。 大きく息を吸い、はき出す。だいぶ楽になった。 「少しは…ましになったか?」 心配そうに高杉がのぞき込んでくる。 「うん…ありがとう。大丈夫…」 「馬鹿、無理しないでこのままもう少し大人しくしてろ」 起きあがりかけた久坂の身体を、高杉が抱き戻す。久坂も特に抵抗することもなく、そのまま高杉にもたれかかった。 気が付くと、さきほどまで聞こえていた音がしない。あやかしは、もう食べてしまったのだろうか、と久坂は思った。 「高杉…あれ…もう終わったのかな?さっき…いつものやつっていってたよね。これはよくあることなのか…?」 高杉は少し目を閉じて、周りの気配を観察しているようだったが、ゆっくりと口を開いた。 「夏以来、あやかしがこの町にやってきても、俺は一度もやりあってないんだよ。…あやかしが現れた、と思ったら、すぐに…今みたいに。その現場にかけつけても、もう何もなし…って感じでな。最近はとくに頻繁に起こってる」 「そうなんだ…。話してくれればよかったのに」 久坂がそうつぶやくと、高杉が抱く腕に力をこめた。 「さっき…。やっぱりお前、異常に反応しただろ?話したら…もしかしたら、お前が嫌な気分になったり、嫌なことを思い出したりするかもしれないって思ったから…。自分で解決するまで言わないでおこうかな、って思ってたんだ」 えっ、と驚いて久坂が顔を上げた。 「何だよ、それ…。どうして、俺が嫌な気分になるなんて解るんだよ」 「…それは…確証があったわけじゃないけど、…クサカもそういうの嫌いだったから、その…やっぱりお前も嫌だろうな、って思ったんだよ。こんなに怯えるとは、思わなかったけど…」 高杉が微妙に目を合わせないように話している。たぶん、嘘でないのだろうが、何かを隠しているような気がした。でも、それがクサカのことだったとしても、今の自分には話すつもりはないのだろうとそう思うと、ため息が出た。 「そうやって…肝心なことは何も話してくれないんだな。それなのに…俺は、自分には記憶のないはずのなにかに怯えたり、思い出せなくて苦しんだり…。そんなの、なんか、馬鹿みたいじゃないか」 「違う、そんなつもりじゃなくて…」 何か言おうとする高杉を制して立ち上がる。膝をついたままの高杉を見ると、傷ついたような顔をして、見上げてくる。 なんて顔をするんだ、馬鹿。 心の中で久坂は悪態付いた。クサカを思って、一生懸命な高杉を知ってるくせに、その一応本人であるはずの自分がこんなことを言えば、高杉が傷つくのはこれまででもわかっているはずなのに、それでも止められないのは、もしかしたら、わずかではあるが、クサカへの嫉妬なのかもしれないと思った。 「俺が、…俺じゃなきゃよかったのに。お前だってそう思っているくせに。本当は、本当は…こんな俺じゃなくて、クサカに戻ってもらいたいんだろう?!転生したのが…俺じゃなければ、すぐに思い出せたかもしれない。俺じゃなければ…もっと…」 そこまで言いかけたとき、高杉が立ち上がって強引に久坂を引き寄せた。久坂の顎をつかむと、無理矢理上向かせて口づける。 「…っ!!」 突然のことに驚きながらも、久坂は高杉の胸に手をつっぱて、やっとそれから逃れた。 「こんな時に…何するんだよッ!」 高杉をにらみつけながら怒鳴る。こんなことでごまかせるとでも思ったのだろうか。 「そうじゃないっ!そうじゃなくて…、俺は…クサカを信じてるから、クサカがお前に転生するって考えたことも信じてるんだよっ!だから、お前だからきっと意味があることなんだって思ってるから、俺だって、ちゃんとお前のこと…ッ!!」 その言葉に、久坂は捕まれていた腕を思いっきり振り払った。 「だからっ!お前が本当に欲しいのはクサカなんだろっ!!俺じゃないっ!!」 「なんでそうなるんだよ!確かに、俺は…俺は…クサカのために全て動いてるんだよ!クサカのために生きてるんだよ!そして、お前を…久坂、お前をみつけたんだよ!どうしたら…俺はお前にどうしたらいいのか…ッ」 高杉が困惑して叫ぶ。久坂も自分が今混乱していて、どうして欲しいのかとか、自分がどうしたいとか明確にはわからなかった。高杉に何を言って欲しかったのかとかそういったことも。ただ、また傷つけてしまった、と思った。 「……高杉、結界解いてくれ。帰る」 「久坂!!」 久坂は高杉に背を向けて、振り向かない。仕方なく、あやかしの気配がないことを確かめてから高杉が結界を解いた。一気に、今まで包まれていた高杉の気配が周りから消え去り、現実の、普段の空気が、辺りを包んだ。それを肌寒く感じて、久坂は鞄をもっていない右手で、自分の身体を強くだいた。そして、高杉のほうは振り向かずに、その場を走り去った。 高杉は、それを追うこともできず、立ちつくしていた。 久坂はまっすぐに家には帰らず、家の近くの雑木林のはずれにきていた。相変わらず、人通りがない。そして、なんの気配もなかった。 しかし、ここは確かに以前、木のあやかしがいたところで、久坂が初めてあやかしに襲われた場所でもある。そして、ここで初めて、高杉に助けられた。あの時はまだ春で、木々も生い茂っていたが、さすがにこの季節になると、枯れ葉が舞い、葉のすっかりすくなくなった木々の間からは冬前の高い空がみえる。夕暮れであったが、あやかしがいないせいか、もうこの雑木林を怖いとは思わなかった。 この場所で、高杉から、人間じゃないことを告げられて、それでも、久坂を守る、ということを聞いた。思い返してみれば、守る、というわりには乱暴なこともよくされたな、と思う。この半年あまりのことを思い返して、自然と久坂の口から笑みがこぼれた。 「そういう意味では、変わらないんだよな、あいつ…」 高杉の変わらないのは、クサカを守ろうとするのに必死だっていうこと。変わったことがあるとすれば、たぶん、久坂自身への接し方。クサカに対する高杉の想い、のようなもの、それはずっと変わっていない。今でも高杉はずっとクサカを見つめている。だから、初めは人間として現れた久坂にどう接して良いのかとまどっているようだった。そして、それから、たぶん。優しくなった。不器用だけど、少なくとも、大切に扱うようになった。そして、久坂自身も、高杉と一緒にいることが、楽しくなった。あやかしに襲われた時だけ、というそんなものじゃなくて、もっと普通に、一緒にいられたらいいなと思い始めていた。 だから、あの夏、自分のことを心配して泣いた高杉を、自分で守りたいと思った。 結局、大本のところで何も変わってない高杉。大本のところが変わっていっているのは自分の方。だから、一方的に高杉を責めるのは間違いだと、あらためて思った。何もできないいらだちも含めて、高杉にあたっていただけだ。 「……怒ってるかな…」 ぽつりと、つぶやいてみる。 久坂はもう一度雑木林を一瞥すると、それに背を向けて、家の方に歩き始めようとした。その時だった。突然、背後から声がかかる。 「こんばんは、元あやかしの人間さん」 久坂が驚いて振り返る。雑木林の出口で、木にもたれかかるように人がたっていた。 正確にいうと、人ではない。あふれ出る妖気を押さえきれないように、その人物から漂っている。 「お…前は、さっき、同士喰らい…って…」 驚きに声もうまく出すことができず、久坂が身震いする。 「ああ…。さっきの、ね。あれね、そうか、見ていたんだ」 その人間の姿をしたあやかしが、ゆっくりと木から身を離し、あらためて久坂の方へ向き直った。 「じゃあ、夏に河原にいた…あやかしってこと、か…?」 「そうだよ。よく、覚えていたね。やっぱりね、ただ単に人間になってるわけじゃあね、ないよね」 言いながら、ゆっくりと久坂に向けて歩いてくる。殺気のようなものは感じない。だが、これは味方じゃない、ということは解った。 高杉は、気づいていないんだろうか? 下手に動くのも危険なので、とりあえずその場を動くことはしなかったが、これだけ妖力を出していれば高杉が気が付くはずだと思う。が、高杉の気配はない。 「………心配しなくてもね、あいつ…潜竜はきっとね、すぐね、来るんじゃないかな。僕のね、おとりにね、また、だまされなければね。でも、君と話がね、したいからね。もうちょっと…時間、もらおうかな」 あやかしがそう言った途端に、雑木林も含めて周り一帯が何か、に覆われた。途端に空気が重くなる。久坂は息苦しさを感じて、顔をしかめた。どうやら、あやかしは自らの結界を張ったらしい。 「…話って?」 いままであやかしと話などしたことがなかったので、警戒しながらも問いかけてみる。 「僕のね…かわいそうなね、身の上話、ちょっとね、聞いてね、くれるかな?」 「え?」 意外な言葉に、久坂が驚いてあやかしを見つめ返した。 「僕はね、ある日ね、小さな力の固まりをね、見つけたんだよ。それはね、どうやら大きな力を持つあやかしの…力の欠片のようなものだったんだよ。僕はね、何も深く考えずにね、その欠片をね、食べてしまったんだよ。するとね、今まででは考えられなかった力がね、次から次から涌いてくるようになったんだよ」 「………」 話はじめたあやかしに、無言で続きをうながした。 「強くなれたってね、最初はね、うれしかったんだけど…。でもね、どうやらね、それは間違いだったんだよ。僕はね、強くなったんじゃあね、なかったんだよ」 「………どういうこと…?」 あやかしはゆっくりと右手を動かして、自分の心臓の辺りに手のひらを置く。それから、じっと久坂を見つめた。 「あの力の欠片はね、逆にね、僕の力をね、利用してね、大きくなっていっただけなんだよ。気が付いた時には…もう、ここにね、同化してしまっていてね、はき出すこともね、できなかったんだよ」 言われて、少し落ち着いて気配を観察してみると、確かに、夏に会った頃とよりも大きくなっている。あのときは確か、こんな人間の姿はしていなかったし、頭の中に声が響いてくることはあっても、このように会話のように聞こえることはなかった。 「気が付いて…どうしようかってね、風にね、相談したんだよ。そしたらね、風がね、人間の中に、あやかしの力を押さえ込んで転生した、おもしろいケースがあるよってね、教えてくれたんだよ」 「それが…俺だったってこと?」 「そう。だからね、春頃から…ずっとね、君たちを見ていたんだよ。ふふ、おかしくなっちゃったよ。だってね、君はとてつもない力を内に秘めているのに…。まるっきりね、人間でさ。妖にね、守られてるんだもんね。初めはね、どういうことだろうってね、興味深かったよ」 「春…」 ちょうど、久坂の周りで事件が起き始めたくらいから、このあやかしは見ていたということか。ということは、いつか桂がいっていた、側で見ているあやかしがいるかもしれないといったのはこのあやかしのことかもしれないと思いついた。 「それじゃあ、あやかし達に何か吹き込んで、俺たちを襲わせたのは…」 その言葉に、くすくすとあやかしが笑った。 「まあね、僕はね、出会ったあやかしにね、君のことを教えただけなんだよ。すっごい力がね、手にはいるかもしれないよってね、そうね、教えただけなんだよ。ついでにね、側に…水を使う妖がいるってのもね、教えてあげただけなんだよ」 「や…やっぱり…。そんなの、何のために…」 そうだねぇ、とあやかしがまた笑いながら答える。 「実験…かな。潜竜の力もどんなものか知りたかったし、それよりもなによりもね、君のような、大きな力をもったあやかしを人間の姿とはいえさ、食べたら、そいつがどうなるか…見てみたかったからだよ」 でもうまくいかないもんだねぇ、とまるでため息をつくようにあやかしがつぶやく。 「だって、毒味してもらわないとね、大きな力を食べるのは危険だってね、僕自身がね、わかってるからね。……君だって、どうなの?自分の中にある力のようなものにね、怯えたことはないの?どうして妖達があやかしの君を守るのか、考えてみたことはないの?」 「え…、俺は…。そんな、こと…。第一、俺があやかしって…」 久坂は問いかけられて、混乱した頭を整理する。そういえば、先ほどからこのあやかしは、自分の転生する前…つまり、クサカのことを、ずっと“あやかし”といっていた。でも、自分が高杉や桂から聞いたクサカは“妖”だったはずだ。このあやかしが勘違いをしているのか、それとも…。 「へえ…。本当に、力を押さえ込んでいるんだね、本当にね、すごいよ。あの水のあやかしの言葉じゃないけど…。どうやったらそんな風にね、完全にね、人間みたいにね、なれるのかな。どうやって、力を補充しているの?人は喰わないの?それとも…“同士喰らい”なのかな?」 そのことばに、ぞくりと悪寒が走った。気が付けば、あやかしはすぐ目の前に来ている。 「君は…まだ、空腹じゃないのかなぁ?そうだよね、空腹になれば、人を食べるよね。あたりまえだよね、人を食う、あやかしなんだから」 「ち、違う、俺は…そんなんじゃ…ないっ…!」 かろうじて声を絞り出す。 「ふふ…もう、時間がないかな。このくらいかな。さあ、かわいそうな僕のために、君のその、力をちょうだいよ。わかっただろ?僕が、かわいそうだって。このね、うっかり入れてしまった力の欠片…こいつのせいでね、ほとんど身体を支配されて…。僕はね、僕でなくなるのが嫌なんだよ。だからね、君のね、その身体を、魂を、全部ちょうだい。僕にちょうだい。じゃないと、かわいそうな僕は、もう、風の声もね、聞こえないんだよ…」 そう言いながら、あやかしが両手で久坂の首をつかむ。体温の感じられない、冷たい手だった。それが、力をこめて締め上げてくる。 「っあ…ぐっ…っ!」 抵抗するが、それをものともしない力でねじ伏せられる。 「簡単だよ…ほら、意識を手放してしまえばいいんだよ。そしたらね、僕がね、あっという間に食べてあげるから。…ほら、僕はね、同士喰らい、得意なんだよ…」 「爆砕っ!!」 久坂が意識を手放すかと思った瞬間、高杉の声と共に辺りに爆音が鳴り響いた。あやかしの手が久坂の首から離れる。支えをうしなったように倒れ込む久坂を高杉が抱き留めた。今までできなかった息が突然できるようになり、久坂が激しくむせる。 「久坂、大丈夫か?ごめんな、ぎりぎりまで助けられなくて…」 高杉が意識がもどった久坂を抱きしめてあやまる。抱きしめられた体勢のまま、久坂が首を横に振った。 「違う、あやまらなきゃならなのは…俺のほうで…っ」 「くさ…」 高杉が何かを言おうとしたとき、先ほどの一撃で右腕を手首から切り落とされていたあやかしが、ゆっくりと起きあがって、こちらを向いたのがわかった。 手首をおとされたことなどかまわないように、笑みを浮かべている。 「へぇ…。いつ見ても、へんな光景。妖があやかしをそんなにね、必死になってね、守るんだ。そんなに、そいつの力を渡すのが怖い?妖達にとって驚異ってね、とこなのかな」 その言葉に、久坂はこの風のあやかしは、正体がクサカとは知らなくても、それでも久坂の中にある力を“あやかしの力”だと思っているらしい。高杉はどう答えるのか、不安になって、高杉を見上げた。 「…クサカを、お前らと同じあやかし呼ばわりするんじゃねぇよ」 高杉は久坂を自分の背後にまわすと、あやかしに向き直った。すると、向かい合ったあやかしの力が、爆発するように膨れあがった。 「は…や、く…そいつを食べないと、僕が…僕が消えてしまう。どんなにあやかしを食べても、人間を食べても、補えきれないんだよ。この欠片の力が…、潜竜、お前を見ると、増大する。憎しみで、増大して、僕が…僕でなくなるんだよ!!」 「なんだと?!」 その意味を確かめる間もなく、周りの風がまるで刃のようになって降り注いできた。とっさに高杉が久坂に結界をはる。自らに降りかかる刃は、振り払っていたが、数が多く、そのいくらかは高杉の顔から足まで、全体をきりつけていった。久坂の目の前に、高杉の血が飛び散る。 「高杉…っ!!」 夢中で叫ぶ。風が乱れているせいで、それに乗った高杉の血があたり赤く染め、空を舞った。 「爆、砕…っ!!」 血しぶきの中から爆発が起こる。それは遮る風の壁を突き抜けて、あやかしの身体に直撃した。 「ぐあ、ああ…っ!!」 どうやら、今の一撃はあやかしの身体の右の脇腹をえぐったらしい。あやかしの身体が一部欠けたようになった。しかし、血などは一切でない。 「…やはり、お前は死人使いだったんだな。その身体も…どこかで手に入れた人間の死体だろう。力の規模のわりには、本体がついていってないって感じだな」 高杉が、血だらけの両手をまたあやかしにむけながら、笑った。 「うるさ…い、うるさいっ!!潜…竜、お前が邪魔だって…憎いっていって…僕の中の力がまた…勝手に…暴走するっ!!」 あやかしがそう叫ぶと、妖力がさらに増した。今度は、一つの固まりのようになって、久坂と高杉の上にのしかかるように落ちてきた。 「なにっ!!」 高杉が叫ぶ。襲ってきた力が強大で、久坂に張った結界が音をたてて崩れた。何かが上から襲ってくる気配に久坂がぎゅっと目を閉じる。それを高杉が上に被さるようにしてかばった。 ずんっ、と、何か重いものがつきささるような音がする。 恐る恐る目を開いた久坂の顔に、ぽたりと落ちてくるものがあった。それは、次から次へとおちてくる。 それは、高杉の血だった。 「あ…大丈夫か?!高杉…どこをやられたんだよっ」 状況がつかめなくて、自分の上の高杉に叫ぶ。高杉は苦しそうに顔をゆがめながら、ゆっくりと久坂の上から自分の身体を動かすと、がっくりと両膝をついて倒れ込んだ。背中から、後頭部にかけて、血だらけになっていた。たぶん、さきほどの攻撃をまともにくらったのだろう。肩で息をして、なんとか体勢を整えようとしている。 「心配…しなくても、いい。しかし…あの野郎の言うことは本当らしいな。かなり大きな力と…そして、俺への敵意を感じるな」 「あ…の…、あやかしが、食べた力が、お前を憎んでいるって…?」 「食べた…?」 高杉が、驚いたように久坂を見つめた。 「あいつが、さっき…話していたんだ。大きなあやかしの力の欠片を食べたって。そしたら、それが大きくなって、自分が自分でなくなってしまうって…」 もう風の声も聞こえない。 そういった時のあやかしは、本当に悲しそうな顔をしていた。それが頭から離れなかった。 「奴の中の大きな力は…別のあやかしの力か…」 いいながら、高杉がゆっくりと身体を起こし、あやかしを正面にとらえる。先ほどの攻撃の後、あやかしはすぐに襲っては来ず、その場で制止している。ただ、時折左腕がびくびくと震えていた。 「お前、何か恨みを買うようなこと…したの?」 「知らねーよ、んなこと…。ただ、あれだけ力を出してても欠片ってことは、元はもっと大きい力を持った奴だからな…」 そこで高杉が何か思い当たったように考え込んだが、すぐ首を振った。 「俺は自分でなんとかすればいいだけだけど、あの風のあやかしが欲しいのは、お前の力なんだろうな。そうすれば、自分が食べた力に勝てると思っているんだろうよ」 高杉を破壊したくてたまらないあやかしの力と、そんな暴走が嫌でなんとか押さえ込みたいと思っている風のあやかしの力が葛藤しているということになる。 「………俺に、力を押さえる何かがあるって…思ってるから?」 「たぶんな。あやかしの力を違うモノに変える…そんな力があると…お前の中にあるであろうクサカの…力に…そんなものがあると…」 そこで高杉は言葉をきる。高杉の瞳の色が、悲しみのようなものに変わっているのに気が付いて、久坂は続きを促すことができなかった。たぶん、これも、まだ話してもらっていないクサカに関する何かに、関係しているのだろうと察しがついた。 目の前のあやかしが、起きあがった高杉の気配に気が付いて、また妖力を増してくる。気配が、どんどん違うものに変わっていっているのに気が付いた。その中から、かろうじて風のあやかしの妖力が顔を出した。 「よ…こ…せ…!!そいつ…よこせ…!!」 また一斉に風が刃のようになって降り注ぐ。 「乾、為、天、散、霧…!!」 高杉が叫ぶのと同時に、高杉から流れていた血が、一斉にあやかしへと襲いかかった。その間にも、風の刃が上から降り注ぐ。高杉がそれを久坂を抱きしめると、横へ転がるようにしながら避ける。久坂は息をつく間もなく、ただ目を見開いていた。避け損なった刃がまた高杉を傷つける。新たに流れてきた血を自分の指ですくうと、あやかしにむけてつきだした。 「縛ッ!!」 あやかしのくやしそうなうなり声が響く。 高杉の血でできた霧のような、何かがあやかしにまとわりついて、どうやら縛っているらしい。まるで真っ赤な雲の中でもがいているようだった。 久坂がそれに驚いていると、高杉が力が抜けたように久坂に倒れ込んだ。 「た…高杉っ?!お前…こんなに血が出てるのに…あんなことして…ッ大丈夫なのか?!」 「へーき…なわけじゃねぇけど、でも、このくらい濃いやつでやんないと、動きをとめられないって思ったからな。大丈夫。心配するな…」 「だい…じょうぶ…って…っ!全然大丈夫じゃないじゃないかっ!」 久坂がぼろぼろと涙を流しながら高杉に怒鳴る。高杉が驚いて、久坂を見つめた。 「俺…俺は…お前のこんな傷だらけのところばっかり見ていたくないっ!でも、俺にはそれを癒す力もないし…っ。お前のことを少しでも助けたいし、力になりたい!!でも、でもどうすればいいのかわかんないよ!俺には…何も…何もできないのかよっ!」 泣きながら、高杉を抱きしめた。高杉が全身血まみれのせいもあって、久坂の制服にも高杉の血がしみこんでいく。震えながら抱きしめる久坂の腕に、高杉が優しく手を重ねた。 「…久坂、お前は今人間なんだから…だから、人外な力を望むなよ。お前がそうならなくてもいいように、俺はいるんだから。俺が傷つくのはそれでもいいんだ。……さっき、別れる前…お前が俺に言ったことの、答えにはならないかもしれないけど…。俺はやっぱり、お前とクサカと、はっきりわけて考えるなんてできない。でも、…今のお前が昔のクサカと違うっていうのは、わかる。それはわかるけど、でも、どちらがいいとかそういうことじゃなくて…。お前はお前だから、クサカはクサカだから、俺は守りたいって思うし。うまく言えないけど…。大切なんだ、お前が。そして、クサカも。…ごめん、こんな風にしか俺は言えない」 ゆっくりと久坂の腕をふりほどいて、高杉が立ち上がる。ふらついてはいるが、しっかりとあやかしをにらんで体勢を整える。まだ座ったままの久坂に笑いかけた。 「お前、癒す力ないっていうけど、そんなことないよ。俺はいつも、お前の側にいると力が回復してくるように思ってる。水から得られるような直接的なものじゃなくて、俺の気持ちの問題かもしれないけど」 「高杉…」 久坂はうつむいて、唇をかみしめた。そういってもらっても、やはりこの場では自分は役に立たないと実感する。こんな何もできない自分を、どうしてあやかしたちは力がある、といって食べたがるのか、さっぱりわからなかった。 それでも、大きく息をすって、はいて、少しでも高ぶっていた気持ちを落ち着けようと努力した。どうすることができるのかわからないけれど、今できることをするしかないと思っていた。そう長くはない時間の中で、久坂は目を閉じて思考をめぐらせる。 人外の力を望むな、と言われたが、もともと自分の中にあるのは人外の力ではないのだろうか。普通に生まれ変わっただけなのだったら、クサカの核を持っているであろう自分は、こうまでも人間だけの存在としていられないはずだ。それが、今こうして何の力もなく、ただ守られているだけの、そんな自分でも、高杉は信じているという。クサカがそう選んだのなら、それを守り続ける、ということなのだろう。 でも、本当にクサカはそれを望むのだろうか、と考えた。 そして、自分と同じ事を考えるのではないか、とすぐに結論づけた。 なぜならば、それは自分のことだから。 夏に感じた自分とクサカとのわずかな繋がりの中で、確かに感じたのは、クサカも自分も、この水を、無くしたくないと考えているということ。 間違ってないと思う。そして、もしそこまでクサカが考えていないというなら、自分の判断でそう行動しても良いような気がしていた。 頭に浮かんだ事を、本当にそんなことができるのかとか、そういったことは考えなかった。できない、とは思わなかった。 久坂はどんどんわき上がってくる何か熱い固まりのようなものを胸の辺りに感じて、そっと自分の胸に手を当てた。そして、先ほどあやかしが身の上話をしている際に、同じ事をしたのを思い出した。 ーーあの力の欠片はね、逆にね、僕の力をね、利用してね、大きくなっていっただけなんだよ。気が付いた時には…もう、ここにね、同化してしまっていてね、はき出すこともね、できなかったんだよーー そう、自分も同じようにクサカの欠片を食べた。そして、人間なのに、人間というだけではくくりきれない、高杉たちに近い力を得ることができた。それは、そう。もう同化している。自分の一部だ。あやかしと違うところは、それはもともと自分のものだったからだ。だから、望んでも大丈夫だと、手のひらを胸に強く押し当てて思った。 顔を上げて、自分の前に立つ高杉を見上げる。 「高杉」 「…なんだ?」 自分の血で縛ったあやかしの動きを目で追っていた高杉が、久坂の方を振り返った。 「…お前の力が欲しい」 「何…?」 高杉がその言葉にびくり、と反応したのが解った。 「できる、よな。俺は、お前から…力をもらうこと」 自分でもどうしてそんな風に言葉がでたのかはわからなかったが、はっきりと、そう告げる。 「…………」 高杉がどうこたえていいのか、わからないようで、黙り込んだ。 「あのあやかしの中に…二つの力があって、一つは、ずっと俺を食べることに執着している風のあやかしで、あと一つはお前を憎んでいるっていう力の欠片だろ。二つの力は、ああやってもがきながら、別々の行動をとろうとしてる」 久坂はそういって、赤い血の縛りの中でもがいているあやかしを指さした。 「お前の力で縛られているけど、中にある青黒い炎が、お前めざして飛び出しそうになってる…」 「久坂、お前、そんなのがわかるのか」 うん、と久坂は頷いた。そして、だから、と続ける。 「お前を守るために、お前の力を分けて欲しい。今のままじゃ、俺は何もできないから、せめて、お前を助けたい。お前は青黒い炎を全力で倒せばいい。俺は、風のあやかしを何とかする。何とかできなくても、お前のサポートくらいする」 具体的にどうできるか、ということはよくわからない。でも、先ほども思ったことだが、できないとは思わなかった。自分なら、高杉の力をもらえばできるはずだ、と力強く思った。また、胸の辺りが熱くなる。まるで自分の中にある力が、外に飛び出したくてうずいているような錯覚を覚えた。 「久坂、お前…どうして、そんなことを…」 「わかんないよ、でも…そうしないと、俺はお前の側にいる資格すらないような気がするんだ。大丈夫、俺、きっとできると思う」 最後の方は、あまりにも必死に気持ちを詰め込みすぎて、じわりと涙がにじんだ。拒まないで欲しい、と心の中で思っていた。 そんな久坂に、高杉が一瞬どうしたものか、という顔をする。しばらく目を閉じて、何かをふっきるように目を開けた。座ったままの久坂に近寄ると、膝をついて、顔をのぞき込んだ。 「…お前、意地っ張りだよな。すぐ泣いて、弱っちろいくせに。そんなんで、俺を助けられるとか本当に思ってるのかよ」 「う、うるさいなっ!わかってるよ、そんなこと…っ!」 わかっていることをあらためて言われて、久坂も顔を上げて怒鳴る。 だから、と高杉がそのまま久坂を抱きしめた。 「だから、これは気持ちの問題だ。ほんの少しだけ…お前に力を渡す。ほんの少しだから、後は気持ちの問題だ。そんなに、何もできないとか、自分を責めるな」 「…うん…」 「願え。俺から、力が欲しいと、心の底から」 久坂は言われるままに、心の中で、お前の力を、俺にくれ、と強く願った。高杉の服を掴む手が、震える。高杉が少し身体を離すと、そのまま口づけてきた。すぐに、唇を離す。 たったそれだけの行為だったが、確かに何かが久坂の中でどくん、と動いたのがわかった。 高杉は久坂から離れると、あやかしに向き直る。まだ縛られたままのあやかしが、今にもその縛りを破壊して襲いかかろうとしているように見えた。高杉が呼吸を整えて、意識を集中させる。そして、自分の後ろで立ち上がった久坂に、告げた。 「俺は今からあの縛りを一瞬解いて、力をすべて、その力の欠片に集中させる。あいつは、それと同化しているから、どっちにしろお前に向かってくるかもしれない力は弱くなっていると思う。…今、お前の中に力を感じたから、だから、あとはお前次第だ。どうにもできなくても、俺はお前を助けるから」 やってみろ、と最後は怒鳴るように言った。 うん、と久坂も力強く頷いた。高杉の力をもらったこと、それによって、さきほどまでうごめいていた胸のあたりの熱い固まりが、だんだんと身体の中へ広がっていたような気がした。 高杉が、両手をあやかしに向ける。 一瞬だけ、少しだけ、何かをためらうような気配をみせた。それはほんの一瞬だった。 「沢、天、夬…」 叫びながら、前に構えた両手のうち右手だけを斜め上にあげる。人差し指と中指をそろえて、突き出すように手を組むと、それを身体の前面に、真横になぎ払った。 「縛せし力よ、すべてを撃とせよ!…爆砕!!」 高杉の力が、あやかしを縛っていた血の力と融合して、一気にあやかしの中にあった青黒い炎に襲いかかった。狙いをしぼった攻撃に、本来身動きのできないその青黒い炎は、縛りがなくなったのをいいことに、風のあやかしを盾にするかのように、気配をあやかしの奥へと引き下げる動きをみせた。それと同時に主導権をとりもどした風のあやかしが青黒い炎をふりきって、久坂にむかって飛び出そうとするのがわかった。 同時に、高杉の力が風のあやかしもろとも青黒い炎を粉々にする。予想通り、それでも粉々になったあやかしの力の一部が、久坂にむかって襲いかかってきた。 自分の中で何か力が動いたのを感じる。 はじき返せ、と頭の中で何かが叫んだ気がして、久坂もその力をしっかりと見つめて、意識を集中させた。 「く、あああああ!!」 直接手で、というよりは、手を通じて出した力で、久坂はあやかしをはじき返した。はじき返した右手を、左手とそろえて、まるで刀で大上段から斬りつけるように、振り上げた。再び両手に力が動くのがわかった。 どうしてできると思ったのかはわからない。でも、できないとはやっぱり思わなかった。 「よこせ、僕は…、まだ、…だから…お前の、力、…っ」 文章にならない言葉を叫んで、久坂に再び向かおうとする。それにむかって、久坂は自分の両手をたたきつけた。ただ、この苦しんでいるあやかしを、せめて、一撃で。ありったけの力をこめた。辺りに閃光が走った。爆音はない。ただ、その閃光と共に、まるで周りの空間が歪んだような感覚が広がった。 あやかしの断末魔はない。光と共に、あやかしの気配が薄れていく。薄れながら、久坂のその手に、消えそうなあやかしの力が少しまとわりついたのがわかった。それを感じて、久坂は両手にぐっと力をこめた。まとわりついていた力が、するり、とはずれた。 「…ごめん…」 あやかしの気配が完全に消えたとき、久坂は我知らずつぶやいていた。そして、まだ閃光があたりに広がって、まぶしい中、横にいた高杉に向き直った。高杉は、呆然とした顔で久坂を見つめて、立ちつくしている。 「高杉…」 自分の無茶な願いを聞いてくれた高杉に、呼びかける。 高杉は、こうしたかった自分を信じてくれたのかな、とそんなことが頭をよぎった。 高杉の瞳の色が、一瞬喜びともとれるの色に変わり、だかすぐに深い複雑な色になった。 見つめ返す久坂もどういう表情をしていいのかわからなかった。たった数秒の出来事で、それがたった今起こったことだというのに、まるでどんどんその記憶が消えていくような、真っ白になっていくような感覚に襲われた。よろめく足で、高杉にむかって一歩ふみだす。うまく歩けなくて、すぐに高杉が抱き留めて支えた。それが合図だったかのように、真っ白だった頭の中が、突如真っ暗になった。意識が、闇に唐突に落ちる。その久坂を、高杉が血まみれの身体で受け止めた。そのまま強くだきしめる。抱きしめたまま、また高杉の瞳が切ない色に変わった。ぎゅっと目をとじる。 「クサカ…」 そのまましばらく、高杉はその場を動けず、意識のなくなった久坂を抱きしめ続けていた。 暗い闇の中で、風のあやかしの声が響く。 ーー君は、どうなの?自分の中にある力のようなものに、怯えたことはないの? その言葉をゆっくりと頭の中で反芻する。 ーー…そうだね、あるかもしれないね、ずっと、長い間…どこかで怯えていたかもしれない。だから、完全な人間にならなければ、と思ったのかもしれない。 と、自分の頭の中で誰かが答えた。そこに、今度は久坂が自分で付け加えた。 ーーだけど、それでも俺は、その力をひきだす。ひきだしたい。少なくとも、それで彼の側にいられるなら、助けになるなら、もう人間だけの力なんて、いらない。 風のあやかしの声がまた響く。 ーー人を喰らってもいいの。空腹にね、なったらね、君は人を喰らうんだよ。 そんなことはしないよ、とまた誰かが答えた。 久坂も、はっきりと答える。 ーー俺は、あやかしじゃないから。人も食べない。同士喰らいも…しない。 都合が良いね、と風のあやかしが笑った。 ーーこれ、あげるよ。たぶん、君のだと思うよ。僕が食べた…あやかしの力の欠片にくっついていた。ほんの小さな不純物。それはどうやっても食べることができなかった不思議な力の欠片。 久坂の手にふわり、と何かが落ちてきた。青白い、炎だった。高杉からもらったのよりもだいぶ小さい。豆粒のようだった。 ーーそれを食べるのも食べないのも、久坂の自由だよ。 と、誰かの声がする。 ーー僕は、おせっかいなんてやきたくなかったんだけどね、風がね、そのほうがいいっていったんだよ。ふふ、今やっと、風の声を聞けるようにね、なったんだよ。 風のあやかしが、そういって、闇の中から姿を消していく。 同時に、頭のなかで響いていた誰か、の声も、小さくなっていった。 ーー選ぶ権利があるのは、久坂、お前だけだから。思うままに、やればそれでいいと思ってるよ。 ーー君は、誰…? もう問いかけには誰も答えてくれなかった。風のあやかしは、自分の身体を狙っていたはずなのに、どうしてそんなことをいってくるんだろうと考えていた。もしかしたら、久坂の身体を手に入れようとしていたことに違いはないが、その前に欠片を不用意に食べてしまって、自分の意志とは関係なく力が大きくなって、それを押さえるために次から次へと無差別に同士喰らいをしたり、人を食べたりしても、押さえきれないその力に恐怖を感じていたのかもしれない。だから、もし久坂を食べるとしても、あやかしから見て、同じように内に力をかかえながらも全くの人間として暮らしている久坂に、そのことを聞いて欲しかったと、そんなことかもしれなかった。 風の声が聞こえるようになった今は、少しは救われたのだろうか、と考えた。 暗闇の中で、その青白い豆粒のような炎を見つめた。確かに、これは自分のものだとわかる。前にこの力を食べたときに、気持ちの上でのバランスがとれたように、こうして力の欠片を自分の身体に戻してあげることは、必要なことなのかもしれないと思った。たとえ、それが、人間としての普通の生活に背を向けていく行為だとしても。 そう思って、久坂は目を閉じて、その力を口に放り込んだ。 口の中に入った途端に、ぱっと消える。 これは大丈夫。クサカの力だから、大丈夫。取り込まれたりなんかしないよ、と、いなくなった風のあやかしにむけてつぶやいた。 そして、意識が覚醒する。ゆっくりと目をあけると、見知らぬ天井が目にはいった。 自分の部屋ではない。 どうやら自分は布団に寝かされているらしい、ということはわかった。 瞬きをすると、すぐ横の気配に気が付いた。それは、久坂が目をさましたことを確認して、ほっとしたようだった。 「高杉…?」 やっと声をだす。 「…………」 久坂をのぞき込むようにしていた高杉が、その呼びかけにはすぐ答えずに、ただ、複雑そうな顔をして久坂を見つめていた。その高杉をそのままじっと久坂が見つめ返していると、ようやく高杉の肩がぴくりと動く。大きく息をついて、力がぬけたように肩を落とし、うなだれた。 「……よかった…」 高杉のつぶやく声は掠れていた。畳に着いていたこぶしを、白くなるまでにぎりしめていたらしい。久坂はそっとその拳に触れた。高杉がびくり、と反応して顔を上げた。 「高杉は…大丈夫?」 まだ少しぼーっとする頭で、とりあえず心配だったことを聞いてみる。あれだけ血を流していた。傷は治ったのだろうか? 「俺は…俺はこの程度、なんともないよ。このくらい…」 高杉が久坂の手をにぎり返しながら言う。確かに、血だらけになった学生服を脱いでシャツとズボン姿の高杉からは、新たな血の匂いはしなかった。ただ血のりだけは消えず、黒くこびりついて乾いているのがわかった。 「ここは?」 「俺が…いま一時的に使ってる、家」 「家なんてあったんだ…」 久坂はのんびりと、今さらながらそんなものあったんだ、と思った。そのままぼーっとしていると、高杉が少し苦しそうに声を出した。 「お前、なんともないのか?何か…思い出した、とか、身体で変なところとか、ないか?」 そういわれて、久坂は自分は倒れたのだった、ということを思い出した。 「あ…どうだろ。特に変わった感じは…ないし…。ただ、身体はすごくだるくて、力があんまり入らないかな。他は…ごめん、特に思い出したりとか、そういったことは…やっぱりないみたい…」 「ばか。別にあやまることじゃないだろ」 高杉が、久坂の身体をひきよせて抱きしめた。中途半端に起きあがったせいで、すっかり身体を高杉に預ける形になる。ちょうど高杉の胸の辺りに顔をうずめて、高杉の鼓動を感じる。心の底から、高杉が無事でよかった、と思った。 そして、あの時どうなったのかを聞いてみた。 「俺…あの時何したんだ?お前を助けたいって、力が欲しいって思って、それで…。お前から力もらって…それからどうなったのか…」 その久坂の問いかけに、高杉が抱いていた腕をゆるめて、久坂の顔をのぞき込む。 「それも…覚えてないのか?」 「はっきりとは…思い出せないな。…もしかして、俺、余計なことして、お前にまた迷惑かけた…?」 あの状況からいくと、そうである可能性は高いな、と思う。それにしては、なにやら両手の平が熱くなるような感覚が残っていた。 高杉が、一度息をとめて、ゆっくりとはき出した。そして、今度は高杉が久坂の瞳をみつめながら問いかける。 「俺が…お前に少し力をやるって言ったとき、お前は何を願った?」 「お前の力をくれ、って願った…と、思うけど…」 その場面はぼんやりと思い出せるが、その時に自分が考えたこととかいまいち明瞭に思い出せなかった。 「…………」 「あれから、どうなったの?」 「…お前が、倒したんだよ。あの、風のあやかしを」 「俺が?…本当に?」 高杉が、うん、と頷いた。 久坂がほっと胸をなでおろす。自然に笑みがこぼれた。単純に、嬉しかった。 「お前から力をもらったとき…、俺、何でもできるって思えたんだよ。俺が何かできた。よかった」 微笑む久坂を高杉が力をこめて抱きしめた。そのあまりの力強さに、息苦しくなる。 「ちょ…高杉、苦しい…」 抗議してみるが、高杉は力を緩めない。 「俺は…人間として生活するお前を守るってつもりでいたのに、心の底で…どこかで、クサカが戻ってくることを望んでいたのかも知れない。お前を大切にしながら、クサカを求めることをやめることができなかった、俺は…」 「…高杉?」 意味がわからなくて、少々怯えた声になった。 「お前を守ると言いながら、俺は自分でそれを壊してしまったんだ。俺が…人間として生活していたお前をこっちの世界へ引きずり込んでしまった」 「………?」 「俺がお前に与えたのは…ほんのわずかな力なんだ。一時的にでも、お前が自分の身を守る足しになるくらい。…気持ちの問題だって、俺いっただろ?だから…お前はその力を利用して、自らの中に押し込められていた本来の力を…解放させたんだよ」 「本来…クサカの力ってこと?」 「そうなるだろうな」 久坂はあまりよく回らない頭で必死に思考を巡らせた。あのときなんでもできる、と思えた力は、高杉の力ではなくて、自分の力だったっていうことになる。すると、今の自分はなんだというのだろう。 「妖…力?まさか、俺は今までと何も変わってないのに」 あえぐようにつぶやいた。 「そう、お前は何も変わっていない。以前クサカの力の欠片を食べさせたときも、感覚はするどくなったが、お前自身は変わらなかった。力を発露することもなかった。でも、今回は、はっきりと、俺はお前の力にクサカを感じた。でも、今もお前はお前のままだ」 「よ…よくわからない」 「今回のあのあやかし…あの場合と、似てると思ったらいいかもしれない。お前は、お前の中に、お前の意志では制御できないかも知れないほどの大きな力を抱えて、それでも人間として生活しているっていうことだ。ただ、あのあやかしと違うのは、それがお前本来の力だっていうことで…、奴は食べてしまったから身体の中に取り込んだかも知れないけど、お前は最初からそれを持っていた。そして、…お前の人間としての存在と…混ざってるんだよ」 「混ざってる…」 高杉が抱きしめる腕の力を緩めた。 やっと、お互いの顔を間近にみることができる。息も押し殺したように、しばらく見つめ合っていた。 沈黙を破ったのは高杉の方だった。 「…力が欲しいと、お前が望んだように見えて、実はそれは、俺がそう思わせてしまったからかもしれない。そうすることで、クサカが少しでも近くなれば…って、そんなことを、俺は望んでいたかもしれない。心の底の、どこかで」 「違う…違う、俺が望んだんだ、だから、お前のせいじゃない、そんなこと…言うなよ」 久坂は無意識下で高杉を守るための力を求め、高杉は無意識下で一瞬でもクサカの力が出現するのを求めた。同じ物を求めていたわけではなく、まるでそれは風のあやかしの葛藤と同じようで。 そんな風に久坂は思いたくなかった。あの戦いの最中、自分を大切だと言い切った高杉の言葉だけを覚えておきたかった。少なくとも、今の久坂を大切に思ってくれて、それでも力を求める久坂に、少しでも対等な立場にあがれるチャンスをくれたのだと、そう思いたかった。 高杉が、そんな久坂の心情がわかったのか、そうでないのか、少し表情をゆるめて、久坂の頬に手を当てた。 「でも、でもな。俺はお前と…人間のクサカであるお前と出会ってから、クサカとの違いにとまどったりしながら、それでも…お前との時間が大切で、壊したくないって思ってた。それは、本当なんだけど」 「けど…?」 不安そうに眉を寄せる久坂に、今度は笑いかける。しかし、それは少し悲しそうだった。 「こうなってしまったからには、俺は、お前がこれ以上…その力のせいで今の生活を脅かされないように、する。俺が、なんとかする」 「な、なんとかって…いわれても、俺は何も変わってないのに…」 久坂はあらためて自分の様子を思い直してみるが、どこも変わった、と思えるところはないと思った。あのあやかしを本当に久坂が倒したというのなら、それはやはり高杉の力をもらったからではないのだろうか、と。 「とにかく、お前はこれから家に戻って、普通に…生活してくれ。それから、また様子をみないとどうしようもない」 「普通に…って…」 それ以上、高杉は何も語らず、久坂から離れると、自分の血で汚れた久坂の制服を手にとって、そっと水で拭き取った。嘘のように、血のりが消えていく。そして短く何かをとなえると、汚れた制服は何もなかったかのように綺麗になった。それを久坂に手渡す。 その後は、力の入らない身体でなんとか制服を着た久坂を、家まで送っていった。いつものように、少し離れた場所から、久坂が家に入るのをじっと見つめている。切なそうに揺れている瞳に、いたたまれなくなって、久坂は家のドアを開けた。何事もなかったかのように、うちへ帰る。いつものように。しかし、高杉は“また、明日”とは言ってくれなかった。それだけのことだったが、ずしりと心の中に重くのしかかっていた。 第6話・了 続く
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