ボーイズラブが前提の長編小説です。主人公は高校生。ある日、不思議な少年に出会ったことから、怪奇な事件に巻き込まれていく。惹かれ合う2人だったが…?!
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プロフィール

あまふりあおの

Author:あまふりあおの
あまふり・あおの

普段は絵描きをしている腐女子な主婦。無事出産で、現在一児の母。
たまりにたまった萌えをはきだすために、BL小説街道爆進中です。
長編ですので、ちょっと読むのは大変とは思うのですが、感想等いただけると非常にうれしいです。
もともと絵描きだから、たまには絵もアップ♪




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Welcome to 雨振舘 !!
お話のタイトルは「DARK HALF」です。中学生でも読んでも大丈夫!ですが、ちょこっとそういう描写もありますので注意です!(指定するほどじゃないので…)
管理人の日記はリンクから”雨振舘つれづれ日記”へどうぞ。お話についてもつぶやいてます。
拍手、コメント、メール大歓迎です!感想ぜひぜひクダサイ!
著作権放棄してないですよ。無断使用、転載等やめてくださいね。

☆管理人とはこんな奴
☆日記はこちら
☆登場人物紹介へ
☆あらすじへ


〜アンケートご協力ありがとうございました!結果発表をお楽しみにvv〜 ☆☆こんなのあったので作成してみました。はじめからこういうアンケート作成してればよかったかも…。
人物アンケート気が向いたらやってみてください…。
DARK HALF第10話 
2007/05/14 /09:12
第10話

 そこはただ真っ暗だった。光が溢れている現代、本当に明かりのない暗闇と遭遇することは、そうあることではない。だが、その暗闇はそこに自分が存在しているのかさえも疑わしいほど“無”だった。そしてそのことは恐怖ではなく、自分が何かに熔けてしまったかのような不思議な感覚を呼び起こした。なんとなく、これは自分の意識の底の底、見えない自分の奥底のようなそんな気がした。

「うわっ!」
 突然地面に身体がたたきつけられて、久坂は悲鳴をあげた。その地面は岩場のようにごつごつとしていて、固い地面と衝突したことで体中がじん、としびれている。幸い、打ち身はあるが、骨などに異常があるような痛みはないようだった。
 衝撃に息を詰まらせていた久坂はゆっくりと息を吐きながら身体を起こすと、辺りを見回した。
「ど、どこだ、ここは…」
 薄暗くはあるが、先ほどまで自分がいたと思われる暗闇とは全く違う場所だった。それはどこかの洞窟のようで、むき出しの岩肌が、どこからか照らしている明かりを受けて不気味な影を作っている。そして何よりも、ここに流れている空気が異様なものを感じさせた。
 その空気は重い。そして湿気を含んだように肌にべたべたとまとわりつくようで、その気持ち悪さに久坂は眉をしかめた。
 ただ、動けないほどでもなかったので立ち上がって再び辺りを見回す。
「一体何がどうなって、俺はこんなところに?あやかしのしわざ…、でも、無いかもしれないな…」
 混乱している頭をなんとか整理しようとつぶやいてみる。確かに嫌悪感に身がそそり立つような気配はあたりに立ちこめているが、それにしては、そこにその気配を醸し出しているあやかしがいるようには感じられなかった。むしろ、ここはそのあやかしの巣であり、居場所であるから、気配が残っているといったような、そんな不透明さがあった。
 恐る恐るともかく明かりの強い方へと歩き出す。
 
 もし、この先に、先ほど襲われたようなあやかしがいたら。

 そう考えると足がすくむ。嫌な汗が首筋を伝った。
 しかし、どう考えてもここは自分一人しかいない空間で、今までのように高杉や栄太に助けてもらえるとも思えない。ここは自分でどうにかするしかないと思い直した、いや、言い聞かせた。
 恐怖心を振り切ろうとぎゅっと瞳を閉じて両頬をぱんぱんと手で叩く。そして目を開けたとき、思っても見なかった気配を感じた。
「これは、た、高杉?!」
 久坂は慌てて辺りを見回す。焦る気持ちをなんとか抑えながら今感じた気配をもっと正確に感じ取ろうと意識を集中した。大きく深呼吸をする。こんな時、ここのところ栄太が自分に指導してくれていた精神鍛錬がいかに重要だったかを思い知る。確かに以前よりは自分の力のことや、妖やあやかしの気配をこうして感じ取れるようになっているのかもしれなかった。
 しばらくそうしていると、高杉の気配はまさに今進もうとしていた明かりの強くなっている辺りから感じ取れることがわかってきた。

 ということは、この先に高杉がいるかもしれない。

 そう思うと、もういてもたってもいられなくなって、久坂は地面につまづき、転びそうになりながらもその気配の強くなる方へと走り出した。

「ああっ!!」
 驚きに声をあげる。
 そこは緑の空間だった。
 いや、洞窟内に蔓草がはい回り、岩肌を覆い隠していた。
「く、草がなんでこんな洞窟内に…?」
 薄暗い、太陽の光もおおよそ届かないと思われるこの洞窟の中でどうしてこんな植物が生えているのか、久坂はわけがわからなかった。そこに進んでいくのがためらわれて、尚もその緑の空間を注意深く見回すと、ここが他の場所より明るくなっているわけがなんとなくわかった。
 どうやら、この場所だけこの洞窟を形成している岩自体が発光しているようだった。覆い尽くした蔓草の間から、太陽の明るさとは違う光がもれている。その色は蔓草の色を受けて緑がかっていた。その光の色がこの空間の不気味さを増大させて、高杉の気配を感じながらも、久坂は進むことができずにいた。
 そうして立ちすくむ久坂の頭上で、蔓草がまるで生きているかのようにさわさわとゆれる。一部が動き出すと、それを伝えていくように全体が波を打って揺れ始めた。
「!」
 その動きを息を飲んで見つめていた久坂の目の前に、蔓草の一本がするりと伸びてくる。動くと襲われそうな危機感を感じて、目を閉じることもできずにいると、突然蔓草がまるで久坂に道を空けるように動き出した。
 生い茂っていた蔓草が一部動いたことで、その空間の奥が少し見渡せるようになる。そこに人影を認めて、久坂は再び驚きに声をあげた。

「高杉!!」

 高杉はいた。
 生い茂る緑の蔓草の中で、両手を広げ、吊された様にして立っている。その両手首には幾重にも蔓草が巻き付き、がっくりとうなだれたその表情からは意識があるようには見えなかった。
 久坂は恐怖心も忘れて走り寄った。蔓草の絨毯の間から時折のぞく岩に足を取られながらも、ともすればがくがく震えそうになる足を叱咤して、高杉の元へたどり着いた。
「どうしてこんなことに…っ!高杉、高杉!!」
 その身体にすがって揺さぶってみても、高杉の閉じられた目は開かない。何度か揺さぶった時、かすかに唇が開いて苦しげな息をついた。そのことで、高杉がとりあえず生きていることがわかる。
 先ほど学校の屋上に現れた高杉は、栄太の言うとおりだとすればここから力の一部を飛ばしたことになる。ということは、高杉はこんな危機的状況にありながら、自分の危機を察して助けに来てくれたと言うことなのだろうか。
 久坂の目に涙がにじむ。
 どうすればいいかわからなくて、目の前の高杉の胸に顔をうずめて両手で抱きしめる。
 その身体から、かすかに暖かな体温を感じる。生きているなら、無事なら目を開けてくれ、と心の中で祈った時、抱きしめた高杉の身体がぴくり、と動くのがわかった。
 驚いて顔を上げると、苦しげに表情をゆがませた高杉が、それでもゆっくりと瞳を開いた。
「…う…っ…」
「ああ、高杉!」
 久坂は喜びに声を上げた。
 意識を取り戻した高杉が、それでもまだはっきりと今の状況を飲み込めないらしく、何度も瞬きしながら頭を振る。そして、やっと心配そうに顔をのぞき込む久坂と瞳が合った。
「あ…く、久坂…?」
「…そうだよ、俺だよ、高杉」
 ぼろぼろと涙を流しながら久坂が応える。
「なんで…どうして、お前がここに…?」
「わ、わかんないんだけど、学校の屋上であやかしに襲われて…そして、お前が助けに来てくれて、で、でもお前が消えちゃって…。だから、だからお前の側に行きたいって思ったら、気が付いたらここにいたんだよ。お、お前こそ、これは一体どうしたんだよ!」
 泣きながらしゃべっているせいで声をつまらせながらも久坂が言うと、高杉が何かを思い出そうとするかのように目をすがめた。
「そ…うか…。それじゃあ俺は、お前を助けることができたんだな」
「そうだよ、突然現れて、助けてくれて…そして、栄太の傷を治してくれて…それで、消えたんだよ」
「俺は、確か、お前の声が聞こえて…それでお前が危険にさらされてるってわかって…。やったことなかったけど、桂のように力を飛ばしたのは覚えてるんだけど、……、だめだな、記憶がちょっと曖昧だ。でも…どうしてだ?なんで、それでお前がここに…?」
 高杉にもこの事態が飲み込めないらしく、疑問を繰り返す。久坂も、なぜと言われても、説明することができずに視線を泳がせ、うつむいた時、自分の胸で光る翡翠のペンダントに気が付いた。
「もしかしたら、このせいかも…」
「それは?」
 久坂が火印を手にとって高杉に見せると、それが何かわかったようだった。
「もしかして…これは、火印…?」
「うん。栄太が、俺の力を引き出す手助けになるだろうって、くれたんだ」
「お前が、俺を願った、というわけか…」
「願った…かもしれない。お前のこと…。そ、そんなことより、お前こそ一体どうしたんだよ?!どうしてこんなことになってるんだよ、そして、ここは一体どこなんだ?!」
 高杉の状態がとにかくも無事だったことがわかって、やっと久坂は我に返った。そもそも、どうしてこんな事態になっているのか、それを知りたかった。
「それに、この植物は…。生きてるのか?これ…」
 久坂は言いながら、高杉の手首に巻き付いている蔓を引きはがそうとするが、びくともしない。先ほど生き物のようにしなやかに動いていたとは思えない固さだった。
「無理すんな…。俺も何度か試してみたけど、無理なんだよ」
「お前でも…無理なの?」
「この蔓はたぶん、あやかしの触手のようなものだ。これが巻き付いて、さらに俺の力を吸い取っているらしい。どうやら、この洞窟に入ったものは人間だろうが、妖だろうが、この触手の餌食にされるらしいな。その辺りに…白く散らばっているのは、ここに閉じこめられた人間の残骸だろう。妖は…力を吸い尽くされて、消えてしまったのかもしれないな」
「う…」
 言われて久坂が足下を注意深く見てみると、確かにそこここに白い骨らしきものが散らばっている。掴んでいる蔓も、まるで吸い取った養分をあやかし本体へと送るために波打っているように感じられた。
「久坂、お前は…平気なのか?俺がこのままくたばっちまったら、次はお前を襲うんじゃないか?それに、この妖気だ。俺ですら、ここに飛び込んだ時、身体を自由に動かすのが困難だったのに…。お前は、平気なのか?」
「平気…ってよくわからないけど、確かに空気が重苦しくて気持ち悪いとは思ったけど、動けないってほどじゃないよ。それに、この蔓も、襲っては来なかったな…。むしろ、なんだかお前のところへ通してくれたような、変な感じだった」
 この妖気が高杉にどれほどのダメージを与えているのかは具体的にはよくわからなかったが、あの高杉が動けなくなるほどの妖気なのだとしたら、高杉が今こういった状態にあるのも無理はないかもしれなかった。
「どうして、こんな所へ来たんだ?もしかして…」
 久坂は言いかけて黙った。
 高杉が今自分と離れて行動しているわけを考えれば、高杉が危険を承知でこんなところへ飛び込むわけも当然考えつくのだった。
 一呼吸置いてから、久坂は続けた。
「ここに…クサカを追って…?」
 高杉が久坂を見つめた。
「……数日前に、クサカの気配を見つけたんだ。そして…確かに、クサカの姿を見つけて、それで…」
「………」
「でも、…でも、あれは…クサカじゃ、ない。でも、お前と同じ、クサカの力を持ってる。そして、見たのは一瞬だったけど、確かにクサカの姿をしていた。…それも、間違いないけど、でも…。あれは、クサカじゃない」
「どうして…そう言えるの」
 苦しそうにクサカじゃない、と繰り返す高杉に、久坂がつぶやくように言う。どこに、そんな自信があるんだろう。
「……うまく言えないな。でも、お前と初めて出会った時、すぐにお前がクサカだってわかったように、今はあれはクサカじゃないって思うんだ。…俺にはわかる。クサカじゃ…ないけど、姿はクサカだったんだ…」
 高杉ならば、わかる、クサカのこと。
 先日桂が高杉を呼び戻すとき、“本当のクサカなのかどうか、それは一番高杉がわかる”といったこと、そのままかもしれなかった。
 それだけ強い繋がりを持っているのだろう。
 最近始まったばかりの、自分自身との繋がりよりも、ずっと強く。
 そこまで考えて、久坂は自分がまた嫉妬のようなものを感じていることにはっとする。今そんなことを考えているような状況ではないのに、どうしてこんなことばかり考えてしまうのか、自分が恥ずかしかった。そして、同時にあまりにも心の狭い自分が嫌になった。
 クサカのことに関して言えば、高杉のほうがきっと、もっとつらい思いをしているに違いなかった。
「……お前が、そういうんだったら、きっとそうなんだろう。まずは、ここから出て、そのクサカ…の姿をした人を捜そうよ。そのために、とにかく、これ、なんとかしないと…」
 久坂はなんとか笑顔を取り繕って、再び高杉を縛り上げる蔓に手をかけた。ありったけの力をこめて引っ張るが、やはりびくともしない。
 こうしている間にも高杉の力を吸い上げているらしく、高杉の表情がつらそうにゆがむ。
「久坂、お前には無理だって…。それに、ここはやっぱり危険なんだ。俺に構うより、お前がここから逃げることをまずは考えろ。そして、外へ出ることができたら、その時、桂なり誰かに知らせてくれれば、俺はなんとかなるから。とにかく、お前はここから離れるんだ」
「でも…」
 たしかに、今こうして自分がここにいても何の役にも立てない。せっかく栄太に力のコントロールを教えてもらっていたとはいえ、この状況で都合良く高杉を傷つけずに蔓だけを攻撃する自信もなかった。それならば、ここから出る方法を考えて、なんとか桂に助けを求めるほうがいいに決まっている。それは、確かに頭で考えればわかることだった。
 でも、それでも。
「い、嫌だ!逃げる時は高杉、お前と一緒だ!」
「久坂?!」
 久坂がしっかりと高杉の目をみつめて、言い放った。
「俺がここから出られる確証もないし、それに、そうしている間にお前に何かあったら…。何があるか解らないなら、俺は一緒にいる。何があっても一緒にいる!」
 そう言って、また高杉にすがりつく。
 もう、離れていたくなかった。何かあるなら一緒にいるほうがいい。
 もしこのまま死んでしまうとしても、それでも一緒にいたかった。
「ば、馬鹿!!こんな時に、何を言ってるんだよ!俺に構ってる場合か!!ここは正体のわからないあやかしの巣みたいなもんなんだぞ?!」
 それでも久坂はだだをこねるように首を振って離れようとしない。
 好きだ、と言ってしまえれば、ここにいる理由を少しはわかってもらえるだろうかと、この状況ではとてもできそうにないことも頭に浮かんでは消えた。
 そんな久坂をなんとか逃がそうと怒鳴っていた高杉が、それでも離れない久坂にため息をついた。
「……お前、ほんっとに馬鹿だよな。こんな時に…、こんなに分からず屋で、がんこなんだな」
「そうだよ、俺は馬鹿で、がんこだよ」
「こんなところにいたら、あやかしが出てこなくったってそのうち俺はくたばって…そんで、お前もここでくたばっちまうぞ」
「いいよ、それでも。お前と一緒だったら」
「……ほんっと、馬鹿!こんな時に、そんな事言われても、俺、両手を縛られてるんだぞ!!」
「?」
「お前を抱きしめられないじゃないか」
「!」
 その言葉に久坂は赤くなる。そういえば、さっきからずっと高杉に抱きついたままだったのだ。そして、その言葉に、高杉がここにいることをようやく許してくれたこともわかった。
 それはとてもうれしかった。
 久坂の抱きついていた力が少し緩んだことを感じた高杉が、苦しそうな表情をしながらも蔓の張っている洞窟の天井をあちこち眺めた。そして、胸の中の久坂を見下ろす。
 何かを決意したかのように、口を開いた。
「久坂、お前、火印を使えるんだったよな」
 言われて久坂は、火印を手に取った。
「使えるっていうか…。どういう風にすればどうなるかとか、そういったことはわからないんだけど…」
「それに、自分の力を集中させることはできるか?」
「加減はわからないけど、多少なら…。でも、どうして?」
 あれ、と言って、高杉があごをあげるようにして、天井の一角を指した。そこは、蔓が特に密集している。
「お前が多少なりとも、あれを崩せれば…もしかしたら、こいつも緩むかもしれない」
 高杉が、自分の左手を引いて、蔓を揺らしながら言う。
「えっ、でも…ッ!もし、もし間違ってお前に当たったら…、当たらなくたって、力の加減を間違えたら動けないお前ごと吹き飛ばすかもしれないんだよ?!」
「だから、火印に力を集中させろって言ったんだよ。火印の力の特性を考えると、今のお前は多少なりとも火印が放ってる結界で、お前自身の力は制御されてるだろうから…、少しは融通きくんじゃないかな。少なくとも、その状況でフルパワーは出せないようになってるはずだよ」
「そんなこと言ったって、でも…」
 不安がる久坂に、高杉が笑って見せた。
「さっき、ここで俺と一緒に死んでもいい…って言ってくれただろ?それも嬉しかったけど、でも、そうする前に俺はお前とここを出る可能性に少しでもかけたいんだよ。大丈夫。うまくできなかってもそれはお前のせいじゃなくって、中途半端にしかコントロールの仕方を教えてない栄太が悪いんだよ」
「…人のせいにして」
「いいんだよ、それで少しでも気が軽くなれば」
 そんなので気が軽くなるかなぁ、と思いながらも、高杉の気遣いに、自分でもやれるだけやってみようと心を決めた。
 高杉から少し離れると、気分を落ち着けるために呼吸を整える。そして、目を閉じた。
 
 結果をイメージしろ

 また、そんな栄太の言葉が頭に浮かんだ。
 これから自分のすることは、高杉を助けることだ。
 今まで助けられることしかなかった自分が、この力を役立てられるチャンスだ。高杉のためなら、何でもできるような気がした。
 一歩足を踏み出して、狙いを定めた天井に右手を向けて、手首に左手を添えた。いつも力を出すときは栄太のように刀のような武器をイメージしていたが、この場面ではそれよりはいつも高杉がするように、力そのものを弾丸のように放つのがいいと思う。
 そんなこと、自分でできるのかわからなかったが、できないとは思わなかった。
 そう自分が考えたことで、以前風のあやかしと闘ったとき、つまりこの力が初めて覚醒したときのことを思い出した。
 あの時も、確証はないけど、できると思った。だから、きっと今回も。
 
 目を開く。
 目標をにらみつけた。
 今から自分は力を放つ。そして、この蔓を引きちぎる。
「このっ、砕けろ…っっ!!」
 胸の火印がふわりと揺れたと思った瞬間、どすん、という重い音が響く。辺りに閃光が走った。力を放った右手がじん、と熱くなったかと思うと、その衝撃で久坂の身体は後方へ吹き飛んだ。
 ぐがん、という岩が崩れる音と、あたりに舞う砂埃。至近距離での爆破のため、力の加減もイメージしたが、それもなんとか成功したようで、幸い背後の洞窟の岩肌にぶつかった衝撃も少なかった。もともと気持ち悪かった空気が砂埃にまみれてさらに息苦しくなり、久坂も思わず咳き込んで涙をにじませる。
 やっと身体を起こして、高杉を捜した。
「た、高杉!無事か?!」
「……っ…、無、事、無事…。大丈夫」
 辺りを舞う砂埃があまりにも立ちすぎて、よくわからないが、高杉は底に立っている気配はある。久坂は少々痛む身体を押さえながら立ち上がると、高杉の方へと歩み寄った。
「うわっ、ご、ごめん…!!」
 その姿に久坂が思わず叫ぶ。
 高杉は、砂埃だけでなく、大小さまざまな岩屑までかぶって、岩が当たって傷ついたのか、生傷があちこちにできている。着ていたジャケットもあちこち破れてしまっていて、大きなものからは傷口がのぞいた。
 久坂はそれを自分がしてしまったことにショックを受け、思わず涙がにじんだ。
「大丈夫だって、このくらい…」
「だって、だって…、お、俺、ごめん…っ」
「いいってば…。こうして無事なんだし。成功したうちに入るって。…もう、泣くなよ。俺がしてくれって言ったんだから。それに、ほら、この蔓、お前のおかげでちょっと緩んだからな。少しは動けるようになるかもしれないし」
 はらはらと涙を流してあやまる久坂を高杉が必死でなだめる。言われて久坂も顔をあげてみると、確かに左手の蔓が崩れた天井から垂れ下がり、緩んでいるようだった。ただ、やはりこの蔓は生きているようで、久坂の光弾によって砕かれ、ちぎられた部分がざわざわと動き、ちぎれた箇所同士をつないで修復しようとしているらしかった。
「でも、これ、もしかしたら元に戻るのかな。抜け出すなら早く抜け出さないと…」
 なんとか気を取り直して、久坂が再び高杉の左手に巻き付いた蔓に手を掛ける。やはり先ほどよりはしめつける力がだいぶ緩んでいるようで、力を込めて引くと、ずるり、と一部が動く感触がわかった。
「高杉、これとれるかも…。もう少し…」
 そう言って、再び力を込めようとしたとき、背後に何かの気配が立ったのがわかった。
 久坂がその気配の鋭さに振り向くのと、ちょうど久坂とは反対を向いて、その気配の主を確認した高杉が声を上げるのは同時だった。
「クサカ…っ!!」
「な、に…?」
 久坂は思わず目を見開く。高杉が呼びかけたのは自分にではなく、その気配に向けての事だと言うことがわかり、さらに驚愕した。
 
 これが、クサカ。

 確かに、自分と同じ気配を持っていることがわかる。
 ただ、久坂自身とは姿は違っていた。
 背はすらりと高い。高杉よりも少し高いかもしれなかった。艶やかな長い髪を後ろで束ねている。その先は背の中程へ届いていた。まるで人形のように整ったその顔で特に印象的なのは瞳だった。その双眸は妖しい光を放つように、こちらをじっと観察するように見つめている。
 確かに、確かに自分よりはずっと、美しいという表現がぴったりな、ただ、その中になんとなく、共通するものもあるような、そんな不思議な感覚が久坂を襲った。

 これが、クサカ。

 再び胸の中にその言葉が響く。この姿が、高杉がずっと愛してやまないクサカなのだろう。
 あまりのことにそれ以上声を発することもできない高杉と、思考が停止してしまったかのように何も言うことができない久坂が2人で動けず、ただ現れたクサカを見つめている。そんな2人に、涼やかな声が響いた。
「……人間…?なぜここにいて、この緑喰草がだまっているんだ?いや…それより、どうやってここに入り込んだ?」
 クサカは近づいてくることはなく、この場に久坂がいることがどういうことなのか、考えているようだった。あたりを見回して、崩れた岩壁や、ちぎれかかった蔓…緑喰草…を見て、何かに思い当たったかのように驚いた表情をした。
「そこに捕まえた妖に、こんなことをする力はないはずだ。ということは、そこの人間、お前か…?さっきの爆音は、人間、お前が…?」
「あ…」
 久坂はどう答えていいのかわからず、ただ身体を硬くする。身体に震えもきているようだった。
「ク、サカ…」
 高杉が、絞り出すようにその名をつぶやいた。
 その声に、久坂もはっとする。今小の、目の前にいるクサカは、高杉のことを“妖”とだけ言った。つまり、“高杉”だとは認識していないのではないかと思えた。
 クサカが一歩踏み出すと、久坂はびくりと一歩退いた。そんな怯えた久坂を見て、にやりと笑うと、今度はためらうことなく、2人の目の前まで歩み寄ってくる。それに危険を感じて、久坂は一歩引いた状態からいそいで高杉の前にかばうように立ちふさがった。
 自分はクサカを見ることははじめてだったが、それでも、なぜか、このクサカは違う、と自分のなかで何かが警鐘を鳴らした気がしていた。その根拠がなんなのか、わかるまでは高杉に近づけるわけにはいかなかった。
 そんな久坂の行動に、少し驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を戻すと、あらためてクサカは久坂の前に立った。
 クサカがどうでるのか、久坂自身も、そして高杉も、固唾を呑んで見守っている。このクサカがどういうものであれ、うかつに手を出すことはできない。
 それでも、久坂は何かあったときのために、右手になるべく力を集中させようとする。ただ、意識が乱れているためか、いつも以上にそれはうまくいかなかった。握った手のひらも緊張からじわりと汗がにじんできている。目の前のクサカは、そんな乱れた久坂の力の気配に気が付いたようだった。
「おどろいたな…。人間なのに?それなのに、お前からは俺と…同じ力の気配がする。どういうことだ?あやかしが人間の姿をしているだけにしては、あまりにも人間そのものだ。お前はいったいなんだ?」
「お、俺は…、いや、お前こそ、だ、誰だ…ッ」
 緊張と恐怖で震えながらも、久坂が声をしぼりだす。
 ここでひいてはいけない気がしていた。
 これがクサカであると認めてしまったら、それこそ自分が存在している意味が無いような気もしてた。そして、もしここで自分がひいいてしまっては、高杉をとられてしまうような…そんな危機感も同時にわき上がっていた。どうしてそう思うのかはわからなかったが、そんな気がしていた。
「俺か…。俺は“クサカ”さ」
「…う…、…」
 にやりと笑みを浮かべながらそう告げるクサカに、違うといいたくて、言葉をつまらせる。そうはっきりと断言できる自信が久坂にはまだなかった。それは、逆に自分こそがクサカであると、言うことも同時に言えない、自信がない状態ということでもあった。ただ、それでも、瞳だけはしっかりと相手をにらみ返して、その言葉に納得していないという意志を示す。それがどのくらい相手に伝わったかはわからなかった。
「どうやら、お前はただの人間じゃないらしいな。どちらにしても、…じゃまだな」
 そう言いながら、クサカの瞳が鋭さを増す。どうやら、目の前のこの、クサカの力を持った人間…久坂を、危険なものとしてとらえたようだった。その気配の変化を久坂も身構えたが、それよりもクサカが行動を移す方が数段早かった。
「や、やめろっ!」
「う、あ…っ!!」
 同様に気が付いた高杉が叫ぶのと、衝撃に久坂が声を上げたのはほぼ同時だった。
 久坂の身体は、後方に吹き飛び、激しく岩壁に背中を打ち付けられていた。まるで一瞬で壁際にテレポートでもしたかのような感覚で、何が起こったのかもわからないまま、さっと視界が暗くなる。頭の中全体がぐるぐるとまわっているような気がしたと思うと、そのまま闇に引き込まれて行くように、意識が遠のいていった。
「久坂っ!!」
 高杉が倒れて起きあがらない久坂にむかって叫ぶ。
「ほう…。あの人間も、くさか、というのか。…ふうん、なるほど…。何か俺と関係があるということなのか…?それならば、今ので殺してしまわなくて正解だったな。そこの妖、お前に感謝、というところか?」
 少しあざけりを交えたような笑みを、クサカが高杉に向けた。
 高杉がその表情にさらにショックをうけたように青くなる。見れば、高杉の左手は自由になっていた。先ほどクサカが久坂に向けて光弾を放った時、高杉はゆるくなっていた左手の蔓を引きちぎって自らも光弾を放ち、久坂に向けられた攻撃の筋をそらした。そのおかげで、久坂は吹き飛びはしたが、直接的な攻撃を受けなくてすんだのだった。
 しかし、ただでさえ力を消耗しているところで無理を重ねて、高杉は肩で息をついている。立っている膝に力が込められなくなっていて、右手だけで吊されているため、締め付けられた右手首が悲鳴をあげるほど痛かった。
「クサカ…お前は、お前は本当にクサカなのか?」
「言っただろう。俺は、クサカさ」
「違う…いや、違うはずだ!クサカの…俺の、俺のクサカは…ッ!!」
 どう言っていいかわからず、高杉がただ叫ぶ。
 誰にもわからなくても、クサカのことは自分にはわかるはずだと、そう思っていた。いや、今でもそう思っている。だから、自分にとってのクサカは今人間として生まれ変わって自分の側にいる久坂しか考えられない。出会った時、すぐそうだとわかったような、そんな自分にしか解らない感覚が、今の目の前のクサカには感じない。でも、確かに姿、声、そしてこの力の気配はクサカのものに間違いはなかった。それがどうしてなのかわからない。
 混乱はあせりをさらに産んで、今自分が何をすべきなのか考えることもできず高杉はただ青ざめて拳を振るわせてうつむいた。
 そんな高杉をしばらくじっと見ていたクサカが、ふいにその瞳を閉じる。そして、ゆっくりと瞳を開くと、再び高杉を見つめた。その視線に気が付いて高杉が顔を上げ、視線がぶつかる。
 高杉の心臓がどきりと跳ね上がった。
「あ…」
「なるほど…。お前は、潜竜…高杉か。お前もこの“クサカ”に執着している一人というわけだな」
 瞳を妖しく光らせて、笑う。
「どうして…俺の名を…」
「この力ももらったときに、付随していた“クサカ”の記憶さ。必要ないと思って気にもとめなかったが…。なるほど、おもしろいこともわかるものだ」
 その言葉に、高杉がぴくりと肩を揺らした。
「もらった…?どういうことだ…?」
「どういうことも何も、そのままの意味さ。今のこの姿も、その力の記憶から作り上げられたものだ。多少、作ったものの趣味は入っているがね…」
 クサカは少し目を伏せて、自嘲気味に笑った。
「つく…られた…」
 このクサカは、確かにクサカの力を持っていて、そしてクサカの姿もしているが、それはもともとそうであったのではなく、そのように作り上げられたものということなのか。それがずっと感じていた違和感なのかも知れなかった。
 高杉は、まだ混乱した頭でどのようにそれを自分の胸に納めて良いのか解らず、固く目を閉じると、何かを振り切るかのように頭を振った。
 今自分の側で倒れている久坂を、なんとしても助けなければならない。
 それはちゃんと解っているのに、それでも目の前のこのクサカから目が離せない。今目の前の本人から、“作られた”ものだと、そう聞いたばかりなのに、そして、このままでは危険だとわかっているのに、行動に移すことができずにいた。
 そんな高杉に、ゆっくりとクサカが手を伸ばした。
 その手が頬に当たった感触に、びくりと顔を上げる。クサカの瞳が、目の前にあった。
「…お前…、妖の中でも特異な力を持っているそうだな。以前は、それで、俺はお前といたんだろう?どうだ?また俺に協力しないか?」
「なんだと…?」
 クサカが、また、妖しく笑う。それは、とても美しかった。
「お前の力を、また…俺に分けてくれないか?そうすれば…俺はこんなところから出ることが出来る。力さえ、もっと戻れば…俺はもっと…完全に、クサカに戻っていける。ここでこの草にお前の力を吸わせるより、お前から直接受け取った方が、お前の能力上、効率がいいはずだ。それに…」
 クサカはことさらにゆっくりと、顔を高杉に近づけた。
「本当に、記憶通りのままの身体なのか…確かめてみたくないか?」
「なっ…?!」
 その言葉の意味を知って、うろたえる高杉をみて、クサカは今度は自由になっていた高杉の左手をとった。
「悪い話じゃ…ないだろう?」
「そ、んなこと…お、俺は…っ」
 いきなり口の中が乾いたように、うまく言葉をつむぐことができない。だめだと解っていても、身体が思うように動いてくれなかった。それは、単に今力を失い欠けているからということではなく、自分の中のクサカに対するどうしようもない気持ちなのだと、感じでいた。

「高杉から…離れろっっ!!」

 その声に、高杉もはっと我に返る。
 声の主は、久坂だった。まだ身体を思うように動かせないのか、先ほどぶつかった岩壁を背にして、身体を支えて立っている。ただ、瞳だけは鋭く、クサカをとらえていた。
「久坂…」
「…ふん…。目が覚めたのか。よほど、俺に喰われたいと見える」
「離れろ…って、言ってるんだ。高杉に、触れるなッ!」
 再び、久坂が叫ぶ。今度は身体を岩壁から離し、ゆっくりと自分の足で立つ。その気配にははっきりと攻撃の意志が感じられた。
「なるほど。その程度の力で、やる気か」
 クサカも、ゆっくりと高杉から離れると身構えた。
「俺と同じ力を持っているらしいが、それがなんだというんだ。しょせん人間のお前に何ができる。…ちょうどいい、お前の中にある力ごと喰らって、俺自身の力にしてやろう」
「違う」
 久坂が力強く言い放った。
「俺はお前と同じじゃない。お前のように、ただクサカの力を入れ込んだだけの偽物じゃない」
「偽物?言ってくれるな。そもそもクサカはあやかしだ。人間のなりをしているお前こそ、偽物じゃないか。俺こそが、これから、足りない力を集めて、真に“クサカ”として完成するものだ」
 クサカが、目の前の久坂を見下すように笑う。
 しかし、その余裕の表情は、久坂の発言によって打ち砕かれた。
「“クサカ”は俺だ!」
「な…っ」
 その、クサカに比べると小さい身体から発せられた言葉の力強さに、クサカが呑まれた。
「く、久坂…」
 これまで久坂自身の、自分自身を肯定するような言葉を聞いたことがなかった高杉も、呆然とする。何もする術もなく、ただ久坂を見つめている。
『来るぞ…。私が力を貸せるのは、時にすればほんの短い間だ。気を抜くな、久坂』
 そんな久坂に、語りかける声がする。
「うん。火印、わかってる」
 その声に久坂もうなづいた。
 声の主は、久坂の胸にかかる翡翠のペンダント…栄太から渡された火印だった。
 それは久坂の気を失った直後。
 胸の翡翠の中で、火印が眠りから覚めた。
 火印の力によって久坂は目覚め、今の状況を理解する。そして、一つの決意を固めた。
 それは火印の問い

 お前は誰なのか

 ということ。
 
 力を得たいならば、自分が何者であるかと言うことを自分自身が自覚しろ

 ということ。

 だから。

 俺は、久坂 誠。そして、この力は、俺は“クサカ”であるということ。それを自分で信じて、そして、だから、絶対に、高杉は渡せないということ。
だから、だから、今この目の前のクサカには負けられないということ。……そして、もしこのクサカを倒すとしても、それを高杉にさせてはいけないということ。
 そのことを、決意する。

 そんな久坂に、火印もその力を貸すことを承諾した。ただ、自らを石に封印して、大半は眠りについている火印が久坂の力を引き出す手助けをできる時間は少ない。その中での、久坂の決断だった。
『もう一度聞くが、お前にははっきりと“見えて”いるんだな』
「見えてる。はっきり、わかる。だから、大丈夫」
 火印の問いかけに、またはっきりと答える。
 久坂の目的は、目の前にいるクサカの中にあった。
 それは、どうやら久坂にだけははっきりと見えているらしい。
「あれが、あのクサカを形作ったもの…その、正体なんだ」
 久坂はじっとまたクサカを見つめる。そして、その胸のあたりにある、あるものに狙いを定めた。
「人間ふぜいに何ができる!どちらが本物か、思い知らせてやる!」
 クサカが、怒りにまかせて両手を大きく振りかぶった。振り上げられた両手に、みるみる大きな力が、まるで光が集まるかのように固まりになっていく。
「無茶だ、久坂!!」
 その力の大きさに、高杉が叫ぶ。
『私を身につけることで押さえられていたお前の力をすべて解放し、私の力をお前の力とする。行け!』
 火印もほぼ同時に叫んだ。
 クサカが固めた力を、思いっきり久坂に向けて放つ。
 それを、久坂は同じように両手に込めた力を盾のようにして、はねのけた。
いや、はねのけたと言うよりは、相殺して砕け散ったというほうが正確だった。その力はその時は互角、お互いに作用し合って、その効果を殺したことになる。自分の渾身の力を殺されたクサカが驚きに目を見開いた。
「な…っ?!」
 まさか、同じ質の力を持っているとはいえ、まるで人間としか思えずあなどっていた目の前の久坂に、自分と同じレベルの力で返されると思っていなくて、一瞬クサカの動きが止まった。
 そして、その瞬間こそが、久坂の待っていた、唯一の勝機だった。
 もちろん、今の一撃は火印の力によって久坂の中に残っていた力を増大させたものだから、この次もそううまくいくわけはない。だから、とにかく初めの一撃をなんとか防ぎ、クサカに一瞬の隙をつくる必要があった。その後のことはうまくいくとかそんなことは考えてない。ただ、自分がそれでどうなってしまおうとも、高杉の前でこのクサカになんとしても打ち勝ってみせることが、これからの自分にとっても必要なことであると、そう信じていた。
 地面を蹴って、クサカの懐に飛び込む。
 そして、目の前のクサカの左胸に自らの右手を打ち込んだ。
「ま、まさか、お前…っ!!」
 その行動に危機を感じて、クサカが即座に光弾を放った。だが、それは久坂のとった次の行動によって、狙いがずれ、わずかに久坂の左肩をかすめることになった。
「この…っっ。くだ…けろッ!!」
「や、やめろっ!!」
 今久坂の右手はクサカの左胸を貫いている。それはまるで吸い込まれるように飲み込まれていた。その手のひらは、クサカの胸の中にあった、あるものを、握りしめ、それがクサカの動きを止めていた。
 クサカがあせって久坂を引きはがそうとする。
 だが、久坂が込めた力は、クサカの中で確かに光を放った。
「あ、ああああっ!!」
「く、ああっ!!」
 2人の叫び声が重なる。
 クサカの身体の中から光がはじける。
 ただその成り行きを見守ることしかできなかった高杉が、あまりのまぶしさに一瞬目を閉じた。
 それは爆発を起こすわけでもなく、轟音も伴わない。ただ、強く光を放った後、急速に力を弱め、あれほどまぶしかった周囲が何事も無かったかのように静かに薄暗さを取り戻したことが、高杉にもわかった。
「あ…」
 目を開けて、目の前に広がった光景に愕然とする。
 そこにゆらりと、左胸を押さえてかろうじて立っているのは、クサカの方だった。そのすぐ前に、久坂が倒れている。ただ、その右手にはしっかりと何かが握られていた。
「久坂…っ!久坂!!」
 高杉は尚も右手にからみついたままの蔓を引きちぎろうと暴れるが、蔓は相変わらずびくともしなかった。
「くそっ…!!」
 動かない久坂にあせって、自由になった左手で蔓を引きはがそうとするが、それでも蔓は動かなかった。
「このやろうっ!!爆、砕ッ!!」
 蔓に向けて力を放つ。確かに蔓を直撃したはずだった。だがそれは蔓を何本かちぎったにすぎず、右手を自由にすることはかなわなかった。ただ、目の前のクサカの力が弱まったせいなのか、これ以上蔓が襲ってくることはなかった。
 クサカが大きく息をつきながら一歩踏み出した気配に、クサカを振り向く。
 その姿が、ゆらいでいる。
 まるで、景色にとけ込むようにだんだんと薄くなっていた。
「あ、あ…。お、俺は…完全な、クサカになって…自由、に…」
 左胸を押さえていた手のひらをゆっくりと高杉の方へと伸ばした。その瞳が一瞬切なそうにゆらめいて、高杉の胸を突いた。
 その瞳は、確かに、見覚えのあるクサカの表情、そのもので。
「ク、クサカ…」
 思わずつぶやく。
 このクサカが、本物ではないと、作られたものだということはわかっている。そして、このクサカが持っていた感情も、考え方も、自分の知っていたクサカとは全く違っていた。例え姿や声が同じでも、それを久坂と一緒に考えることはできようはずもないほど、違いは感じていた。でも、この瞳は、この表情は確かにかつて自分が愛したクサカそのものだと、少なくとも、この表情に嘘はないのだと、なぜかそう思えた。
 目の前でかき消えたクサカの後に、自分が以前見つけたクサカの力の欠片と同じくらいの炎が残る。これが、今消えてしまったクサカを構成していたクサカの力の一部なのだと言うことがわかった。
 
 少なくとも、あれはクサカのものだ。

 しかも、その力には記憶があったと、言っていたことを思い出す。そうなのであれば、あれを久坂にもどせば、もしかしたら久坂に今残っていない記憶の部分が少しでも戻るかも知れないと、直感的に思った。
 その炎に手を伸ばそうとした時、右手がきつく引っ張られ、高杉は我に返った。まだ蔓はとれたわけではない。先にこれを何とかしないと、久坂の側に行くことも、その炎を拾うこともできないのだった。
「ちっくしょう!!燃やしてやるっ!!」
 怒りにまかせて力を蔓に向けて放つ。少しずつではあるが、蔓がはがれていく。その時だった。


「オレの…クサカが消された?どういうことだ?」
 その洞窟内に新たな声が響いた。その気配の大きさに、高杉も目を見開く。
 そこに立っていたのは、見たこともない、あやかしだった。

 色黒の肌と鋭い眼光。
 そこに立っているだけなのに、今ここにある空気が揺らぐかのような錯覚が起こるほどの力の量だった。
 その登場に喜ぶかのように、緑喰草が騒ぐ。高杉によってちぎれ欠けた箇所も、修復されていった。幸いなのは、自由になった左手に蔓が伸びてこないことだった。
「だ、誰だ?!」
 高杉が叫ぶ。
 今までの自分の記憶の中で、このあやかしにあてはまる情報はなかった。これほど大きな気配なら、心当たりくらいあってもよさそうなものなのに、さっぱり検討がつかない。それは、なんとなく、最近久坂に関連して遭遇する巨大な力と似たような感覚だった。
 あやかしは、その問いには答えず、小馬鹿にしたように小さく笑った。
 もう一度洞窟内を見渡すと、そこにあったもう消えてしまったクサカの力の欠片と、その側に倒れている久坂に目をとめた。しばらくそれを眺めて、驚いた表情になった。
 自分をにらみつける高杉には目もくれず、ずかずかと久坂の側に歩み寄る。そして、その手に握られているものに手を伸ばした。気を失いながらもしっかりと握られていたそれを乱暴に奪い取る。
「これは…間違いなく、オレが仮核として作った木偶…。このように大部分を砕かれてしまっては…。…なるほど」
 あやかしはしばらく久坂と壊れた木偶を交互に見、にやりと笑った。
 高杉は、その不穏な気配にあせる。先ほどの無茶な爆砕を繰り返したことで、すり減っていた妖力をさらに減らしていた。今はもう立っているのが精一杯で、肩で大きく息をするほどだった。ただ、気力だけが高杉を支え、存在させているに過ぎなかった。
 せめて、水が近くにあれば、少しでも回復することができるのに。
 悔しさに唇をかみしめる。ここにとらえられてからずっと水に触れていない。そのことも、身体を弱らせている原因であった。少しでも回復させることができれば、もう少し自由に身体を動かせる。だが、その水はここには存在しなかった。
 あやかしは、やはりそんな高杉には構わず、倒れている久坂を乱暴に掴むと、引き起こす。苦しげに顔をゆがめる久坂をじっとみつめた。
「この洞窟内で、緑喰草が襲わないのは、オレと“クサカ”だけだ。それなのに、ここにこうしているというこの人間、なるほど、ただの人間じゃないらしいな。力は弱いが、あやかしの匂いがしようるわ」
 今度は愉快そうに笑う。
「おもしろい、おもしろいぞ。オレのクサカをどうやって消したのかわからんが、これはこれで興味がわいた。じっくり調べてやるのもまた一興だな」
「この野郎、離せ!!」
 高杉が左手から光弾を放つ。しかし、力が込められないそれはあやかしの肩に辺り、消滅した。なんらのダメージを与えることもない。
 あやかしは、そんな高杉にやっと目をやると、おもしろくなさそうに鼻を鳴らす。
「…くだばりぞこないが。お前はそこで朽ち果てるんだな」
 あやかしがつぶやくと、蔓がざわざわと動き始めた。また高杉をとらえようと、その手を伸ばしてくる。高杉がその蔓に気をとられている間に、あやかしは悠々と久坂を抱え上げた。
 そのまま高杉に背を向けて歩き出したその瞬間、激しい衝撃に、抱えていた久坂を取り落とす。久坂は落下したものの、その地面にうごめいていた無数蔓によって、衝突が和らげられる。そして、やはり蔓は久坂を襲おうとはしなかった。
 そんな久坂の前に、高杉が転がり込んでくる。あやかしは、驚いたように目を見開いた。
 高杉はかろうじて片膝を立てて身体を起こすが、それ以上動くことはできず、ただ鋭いまなざしであやかしをにらみつける。その迫力にあやかしはさすがに感嘆のため息をついた。
「ほう…。見上げた執念だ。そいつがそんなに大事か。自分の腕と…いや、命と引き替えにするほどに?どちらにしても消える命なら腕も必要なしということか」
 最後にはあざけりがまざる。
 目の前の高杉の身体の右側から大量の血がぼたぼたと流れ出る。
 大量の出血のためか、どんどん青ざめていく高杉が、左手で肩の下を押さえつけて、息も絶え絶えに立っていた。
 その左手の先に、あるはずの右腕はない。
 久坂を助けるため、あの蔓から逃れるためにとった行動は、蔓にがんじがらめにされた右腕を、自ら切り取る、ということだった。
 それはもちろん、高杉にとって十分致命傷となるものだった。だが、それでもだまって連れて行かせるわけにはいかなかった。
「そう、だよ。いらねぇよ、こん、な、もの。…それで、も…。お前には、お前に…こいつは…、ぜったい、渡せ、ないんだ、よ…っ」
 大きく息を継ぎながら、精一杯強がる。たぶん、こうした抵抗もむなしく、自分はもうもたないだろうということは自分でも十分解っていた。でもやれることをやっておきたかった。
 あやかしはそんな高杉に心底おかしそうに笑う。よほどおかしかったのか、身体をまげて大笑いをしていた。
「あ、あまり笑わせるな、おか、おかしいな。自分を犠牲にしても、か。それも、むなしい行為で!妖というものは、そんなにおろかな者だったのか!!」
 尚も笑う。
 その笑いが、唐突に止まった。
 途端に険しい表情になって、洞窟内を見回す。そして、忌々しそうに舌打ちした。
「この気配は…不動、中天…桂か!やっかいな奴が…」
 あやかしが、さきほどの余裕とはうってかわって、焦った表情で悔しそうに高杉と久坂を一瞥すると、ふっとかき消えた。
 高杉も、何が起こったのか解らない。
 ただ、目の前からあやかしの気配が消えたことで、保っていた気力の糸がふっつりと切れる。目がかすんで、その場に倒れそうになったその時だった。
「まだくたばるんじゃねーよ!!」
 轟音と共に、そんな怒鳴り声が響く。
 2人の斜め前方の洞窟の天井が大きな砂埃をあげて崩れ落ちた。緑喰草が、唐突に空いたその穴から外界の空気に触れて怯えたようにざわめく。そんな蔓の間を切り裂くように一つの影が洞窟内に降り立った。
 着地すると顔をあげて高杉の状態を確認し、ペットボトルを取り出すと、その口を手にした刀で素早く切り取って高杉に振りかけた。
「ふ、う…っ」
 その水の刺激に失い欠けていた意識が戻る。
 高杉はかっと目を見開いた。
 高杉が目を開けたことに安堵のため息をついて、その人物が改めて高杉と久坂をみて言う。
「おいおい、思ってたよりひどい状態だな…」
「栄、太…」
 目の前の人物を信じられない、といった風に見つめる。だが、目の前にいるのは、まぎれもなく、栄太だった。先に屋上で闘った時の傷は完全に癒えていないらしく、腹の辺りにぐるぐると包帯を巻いていた。
「お前、なんてざまだよ。久坂もなんだってこんな…。ええい、そんなのはどうでもいい。ここにいたあのでかい気配はどこいったんだよ。まさか、この状態でお前が倒したのか?」
 再び動き出した蔓に神経をとがらせながら栄太が早口に高杉に問う。が、高杉は明確にどうなったと答えることはできなかった。
「よく…わからんが、消えた。外に…桂、いるのか?その気配を感じた途端に、消えやがったんだよ」
 わずかだが力を取り戻した高杉も、蔓を警戒する。
「ったく、桂の言うとおりだな…。逃げたんだよ、桂から。外に桂が待機してる。もちろん、実体じゃないけど、無理してここら一体の空間を桂に占拠してもらったんだ。それも長く持たせられないからな。ここの空気も俺たちには相当きつい。とにかく、この変な草、これをなんとかすればここからは出られそうだ」
「そんなの可能なのかよ」
「まあなんとか草さえどかせばね、あとの岩は俺の味方だよ。ただ…」
「ただ?」
「俺だけの力じゃ足りないからな。で、お前、どうせそんなへろへろじゃたいした役にも立ちそうにないからな。お前の今出せる力、俺によこしな」
「なんだと?」
 高杉が意味を測りかねて眉をしかめる。
 そんな高杉を栄太がにらんだ。
「お前にゃそんな芸当は無理かもしれんけどな。俺だから、それは可能なんだよ。今のお前の力じゃ大したたしにもならんかもしれんが、俺がうまく使ってやるよ」
「なん…っ…。…そうか、なるほど」
 意味に気が付いて、高杉も納得する。自分になくて、栄太にある力。それは、他の力を吸収する、というものだった。それはクサカのように相手から
力を奪うというものではなく、一定の許容範囲内であれば、相手から受ける攻撃、そして受け取る力を自分の力として増幅できるというもの。他と協力して力を作り出すことができるということでは、妖においてもあやかしにおいてもそれは希な力だった。
「じゃ、納得したところで早くよこせ。時間がないんだよ。ここに入った時にかけた簡易結界ももうすぐ壊れるからな」
「でもそんな状態で、俺がへばっちまったら、その後はどうするんだよ」
 高杉が栄太をにらんで言う。今の自分ではどうしようもないのはわかっていたが、それでも大人しくひきさがるのも癪にさわった。
「ばーか。心配しなくても、お前なんかほっといて久坂だけは俺が無事に連れ出してやるよ」
 栄太も不敵に笑う。
「ふん、その言葉、忘れんじゃねぇぞ」
「地獄の果てまで覚えといてやるから、とにかく、とっととしろ!」
 それが2人の合図になった。

 栄太が手にした乙庚剣を両手で捧げ、目を閉じる。
 高杉が、残った左手に力を込めた。
 ちらりと自分の側に横たわる久坂に目をやる。少し目を細めた。
 大きく息を吸うと、口を開いた。
「咸、臨、爆砕…!!」
「咸、素、集握!!」
 栄太も同時に叫ぶ。
 高杉の手のひらから発せられた力が、栄太へと真っ直ぐ伸びる。至近距離で爆発したかに見えたその力が、みるみる剣に吸い込まれていった。
 すべて吸い込まれたところで、栄太が目を開いた。
「なぎ払え!!撃斬!!」
 辺りがまぶしい光に包まれる。それは洞窟内の隅々を照らした。
 その光を確認して、高杉はようやく意識を手放した。

第10話了・続く
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