ボーイズラブが前提の長編小説です。主人公は高校生。ある日、不思議な少年に出会ったことから、怪奇な事件に巻き込まれていく。惹かれ合う2人だったが…?!
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プロフィール

あまふりあおの

Author:あまふりあおの
あまふり・あおの

普段は絵描きをしている腐女子な主婦。無事出産で、現在一児の母。
たまりにたまった萌えをはきだすために、BL小説街道爆進中です。
長編ですので、ちょっと読むのは大変とは思うのですが、感想等いただけると非常にうれしいです。
もともと絵描きだから、たまには絵もアップ♪




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Welcome to 雨振舘 !!
お話のタイトルは「DARK HALF」です。中学生でも読んでも大丈夫!ですが、ちょこっとそういう描写もありますので注意です!(指定するほどじゃないので…)
管理人の日記はリンクから”雨振舘つれづれ日記”へどうぞ。お話についてもつぶやいてます。
拍手、コメント、メール大歓迎です!感想ぜひぜひクダサイ!
著作権放棄してないですよ。無断使用、転載等やめてくださいね。

☆管理人とはこんな奴
☆日記はこちら
☆登場人物紹介へ
☆あらすじへ


〜アンケートご協力ありがとうございました!結果発表をお楽しみにvv〜 ☆☆こんなのあったので作成してみました。はじめからこういうアンケート作成してればよかったかも…。
人物アンケート気が向いたらやってみてください…。
一気読み第12話 
2007/05/12 /18:45
第12話

 それは冬休みも終わりに近づいた、ある日の夕方だった。

 その日久坂は自分の用事をすませ、高杉との待ち合わせのために、市内北部から自宅方面へ向かって歩いていた。
 待ち合わせは、自宅近くの雑木林。
 そこは高杉が初めて自分を助けてくれた場所であり、その後もあやかしと交戦した場所だった。
 このところ、高杉とは一緒にいることが少なかった。久坂は久坂で自己鍛錬をこなしているのだが、高杉は飛目としての仕事が倍増しており、なんとか学校へは行っていたものの、放課後はほとんどそれにかかりっきりになっている。また、あやかしは出る時間、場所を考えてくれるわけではないので、学校に来たと思ってもあやかしが現れればそちらに向かうしかなかった。
 と、そんな生活が冬休みも関係なく続いていた。
 幸いにも久坂自身はあの文化祭以来あやかしには遭遇していない。
 どうやら、常に首に下げている“火印”の力によるところが大きいようだった。火印には久坂の力を増大させる力もあるが、逆に久坂から今までにじみ出ていた妖…または、あやかしとしての力を隠してしまう性質もあった。もちろん、久坂自身が鍛錬によって多少自分の力の流れをコントロールできてきているということもあるが、火印はそれを補ってあまりまる役割を果たしてくれていた。そのおかげで、今まで久坂の力を狙ってきていたあやかしが少なくなっているのだった。  
 ただ、あの洞窟の時以来、この眠り続けている大妖は目を覚ましてくれていない。久坂としては、昔のクサカを知っているらしい火印にいろいろと聞きたいと思うのだが、自らを石の中に封印してしまったこの大妖はめったなことでは起きないと聞いていたし、最近は仕方がないとあきらめている。
「でも…聞いてみたいこととか、たくさんあるのになぁ」
 服の中に収めていた火印を取り出して手のひらの上にのせ、久坂はそっとつぶやいた。もちろん火印はうんともすんとも言わない。そんな火印をもう一度見つめ、ため息をついた、その時だった。
「あっ」
 何かにぶつかって、久坂はよろめいた。
「おっと…ごめんよ。大丈夫かい?」
「え…あの、こちらこそよく見て無くて…すみません」
 どうやら火印に気をとられていて、すぐ前に人がいることに気が付かなかったらしい。先にあやまられて恐縮する。
 顔を上げてみると、そこには男が一人立っていた。
 年の頃は20代後半といったところだろうか。少し長めの髪を後ろで一つにしばっている。久坂に微笑んでるその表情は優しそうという印象を受けた。
「僕もちょっと考え事していたから、お互い様かな。…それ、綺麗な石だね。翡翠、かな?」
「あ…えっと、は、はい」
 火印のことを言われるとは思っていなかったので必要以上に慌てて答えてしまう。そんな久坂にまた微笑みかけると、それじゃあ、といって足早に去っていった。
 久坂はその後ろ姿を見ながらなにやら腑に落ちないような、妙な違和感を感じたが、少し考えてもそれが何なのか思いつかなかったので、その場は気のせいと思うことにして、高杉との待ち合わせの場所へと急ぐことにした。



「ごめん、高杉。待った?」
「いや、別に…ちょうどいいんじゃない?」
 待ち合わせ場所に高杉はやはり先に来ていた。これからはじめることは、どちらかというと楽しいことではなかったが、久坂にとってはそれでも高杉と2人で何かをできる、というそのことの方が重要だった。だから、自分から協力したいと言い出したことだったのだ。
「本当に…大丈夫かよ。心配だなぁ…」
「だって…俺だって、手伝いたいんだよ」
 これから2人がしようとしていることは、この雑木林を取り巻く“あやかしの気”の浄化だった。
 どうやら、この土地はあやかしが巣にしやすく、力をためやすい。もっと簡単に言えば集まりやすい場所になっているらしかった。特に以前ここで風のあやかしと戦った時、あやかし大きな力がこの場所で動いたことから、ここの土地の“気”があやかしにとって住みやすいものへと傾いたようだった。
 それに、そもそも文化祭からこっちこんなに下等な部類に入るとはいえあやかしがこの街で出現し、高杉が忙しくなったのも、元はと言えば自分が原因で桂が時空に干渉したからだ。あの時間を止めるという決断に至ったのは、今普通に人間として生活している久坂にあまり不利益がでないようにと桂が配慮してくれたからに他ならない。もし数日間自分がいきなり行方不明になどなれば、大騒ぎになるに違いないからだった。さすがに暗示の術も数時間のことならいなくてもごまかせても、数日間となるとそうはいかないのだった。
 あやかしは干渉したことでまるでひび割れのように起こってしまったこの時空の歪みに反応して集まっているらしい。そこに居心地の良さを感じるのか、それは久坂にはよくわからなかったが、歪みはもちろん元に戻りつつあっても、やはりこういった影響は避けられないらしかった。それを少しでも解消するために自分も何か手伝いたいと思っていたのだ。
「いいか。無理することないんだからな。もともと俺が一人でやるつもりだったんだし」
「わかってるってば…。もう、心配性だな。俺だって、自分の手に負えないって思ったら素直にお前に助けてもらうから」
 またそんな会話を繰り返す。
 これからこの土地の浄化を行う高杉は、それに集中している間少しだけ無防備になるという。そこにもし他にあやかしが襲ってきたら、対応が遅れてしまう。そのことを聞いた久坂が、それならばその間の護衛をやる、と買って出たのだった。
 高杉は心配しているが、もしあやかしが襲ってきたとしても、高杉が動けるようになるまでの一瞬を守りきればいい。だから、そこまで心配されるほどのことでもないと思っているが、それでも心配ならしい。久坂にしてみても、手伝いたいからとは言ってもどうせ自分の今の力では襲ってくる気配に集中して、はじめの一撃を跳ね返すくらいのことしかできないだろうとは思っているので、実際に戦闘がはじまるような事になればまた高杉に全面的に頼るしかないだろうということもわかっているつもりだった。
 
 それでも、少しでも役に立ちたい。
 
 わがままかな、なんてことも思いながら、久坂は体勢を整える高杉の背中に自分の背中を預けるようにして、大きく深呼吸した。
 はじめるぞ、と久坂に声をかけてから、高杉は両手を前に構えて目を閉じる。そして、久坂には聞き取れないくらい小さな声で何かを詠唱した。
 途端に、周りの空気が一変する。
 それはいつもの水の結界ともまた違った、それでもやはり高杉の気配がする空気が辺りに広がった。
 あらかじめ浄化する土地の境界をはっきりさせるためのマーキングを地面に施しておいたと言っていたが、確かにこの空気が変わったのはこの雑木林の一帯だけで、今2人がいる場所を中心に空気が広がっている。
 その暖かさにぼーっと意識をとられかけて、久坂ははっと我に返った。

 そんなんじゃ、だめなんだってば。

 首を振って気合いを入れ直す。
 もう一度深呼吸をして、この空気の中へあやかしの気配が入り込まないか、それを探ることに集中する。
「……あ…?」
 その時、ふっと自分の感覚に何かが横切った気がして、久坂は思わず声をあげた。その感覚を追って辺りを見回すが、特にあやしいものは何も無かった。
「どうした?」
「いや…。ううん、何でもなかったみたい。ごめん、ちゃんと続けるよ」
「もう少しだから…」
「うん」
 2人は再び背中をぴったりと合わせた。
 ゆっくりと、暖かなこの気配を感じる。
 この浄化の作業は、高杉のほかには出来るのは桂くらいならしい。以前に自分の指のちょっとした怪我を治してもらったことがあって、その時も思ったことだが、何かをいやしたりとか、綺麗にしたりとか、そういったことができる能力をもつ高杉が久坂はうらやましくて仕方がなかった。前の自分がどういう能力を持っていたのか思い出せないからはっきりとはわからないが、やはり自分にはそういった能力はなかったのではないかと思う。
 今わかっているのは何かを破壊できること。そして、今の自分にはないが、他から“奪う”という力があるということ。
 それが少し悲しかった。
 そんなことを考えて、久坂は高杉の背中に自分の背中を少しだけ、すり寄せるように押しつけた。


 結局、浄化は無事に終わり、久坂が途中で何かわからない気配を感じた他は何事もなくすんだ。終わってからもう少し高杉と一緒にいたかったが、その後に報告やなにやらと用事があるらしかったので口には出さずあきらめる。
 雑木林から久坂の家まではわずかの距離だったが、その距離を一緒に歩き、家の前でわかれた。すべてが一段落したら夜久しぶりに部屋に行くかもしれないといっていたので、何かするわけではなくても少しでも一緒にいられたらいいなと考えながら、久坂は家の扉に手をかけた。
「あれ…?」
 開いていると思っていた玄関がしまっている。もう辺りもすっかり暗くなっている時間帯なので、当然母親が家にいると思っていたので、それは意外だった。
 ポケットの中から鍵を取り出すと、玄関を開け家へと入る。やはり母親は出かけているのか、家の中の明かりも消されたままだった。
「買い物かなぁ?」
 そんなことをつぶやきながら台所に向かうと明かりをつける。
 ダイニングテーブルの上に、置き手紙があるのが目に付いた。

 急ですが、おばさんのところへ行ってきます。明日の夜には帰るので、食事は冷蔵庫にあるものを適当に食べてください。ちゃんと用意はしてないけどごめんね   母

「あー…。おばさんところへ行ったのか…」
 どうやら、母の姉であり、久坂にとっておばさんにあたる親戚の所へと出かけたらしい。急ではあるが、そんな遠い所に住んでいるわけではないので、母はよく遊びに行っていることを考えるとおかしくはない。それに、おばさんは未亡人で一人暮らしだから、電話をしていて話が盛り上がり、そのまま家に行くことにでもなったのかもしれなかった。
「父さんも出張だしなぁ…。今日は一人か」
 そんなことをつぶやきながら、とりあえず冷えた身体を温めたかったので風呂場へ向かう。その途中ではたと気が付いた。
 ということは、今日の夜もし本当に高杉がやってきたら、2人きりということになる。
 かーっと顔が赤くなった。
 あの時以来、身体の接触はなかった。2人きりになるということも希だったので、身体の…どころか、キスもしたのは一度くらいかもしれなかった。だから、なんとなく緊張してしまう。
「本当に来たら、どうしようかな。今日はこの家俺一人だって…俺から言った方がいいのかな」
 こんな時、普通恋人同士…の、関係だったらどうするのがいいんだろうか、とかそんなことを考えた。
 よく考えてみたら、自分たちの関係はどういう関係なのか、はっきりさせているわけではない。
 そういえば、お互いに「好きだ」といったような言葉に出したわけでもなかった。
 そのことを考えると少し、少しだけ不安な気持ちになる。
 風呂場について、もやもやした気分のまま浴槽を洗うと、勢いよく水を入れた。そ蛇口からの流れ出る水を指で触れる。
 水は、高杉を思い出させた。
 久坂はそのまま浴槽の縁に腕をのせると、そのまま顔を伏せた。
「案外、想いが通じ合った後のほうが…思い悩むものなのかなぁ…」
 考え過ぎなのかもしれないけど、不安になってしまうのはどうしてなのかわからず、久坂はため息をついた。


 夜も更けて、時計はもう午後11時をさしていた。
 先ほどからもう2時間くらい、部屋で何をするわけでもなく高杉を待っているが、さすがにいい加減寒くなってきた。
 ちらりとベランダの方へ目をやるが、高杉が来るような気配はない。
 もしかしたら、来ないかもしれない。
「まあ、確実に来るって言ってたわけじゃないし…」
 久坂は立ち上がると、自分のベッドにもぐりこんだ。
 この間のことで、高杉の仕事が増えて忙しくなってしまったのはわかっている。それは自分のせいでもあるし、今日の作業だってそのためだったし、何もできない自分のぶんもがんばってくれていることもわかってる。
 でも、やっぱり高杉と一緒にすごす時間が少ないのは、寂しい。
 やっぱり、寂しい。
 高杉は、そんなことは思ってくれないんだろうかと考える。一緒にいたいと、思わないのかな、とか、そんなことも考えた。
「あー、だから!どうしてこんなに次から次から嫌なことばっかり考えるのかな、俺は!!」
 叫んで、ベッドの上に起きあがった。
 気分が収まらなくて、掴んだ枕をベッドにぽんぽんと力は入れないまでもたたきつけてみる。それもむなしくなって、枕を抱き寄せて顔を埋めた。
 
「!」
 ベランダからした物音に、はっと顔をあげる。
 続いて、こんこん、と控えめにベランダの窓を叩く音がした。
「高杉?」
 急いでベッドから降りると、ベランダへと近寄り、カーテンを開けると、申し訳なさそうに高杉が立っていた。
「悪いな…遅くなって…。ちょっと、遠くまで行ってたから…」
「あれからずっと、またあやかしにかかりっきりだったの?」
「うん…。徹底的にやろうと思ったらわりと手こずって…ごめん」
 久坂はそれに首をぶんぶんふって答えると、高杉を部屋へと招き入れた。
 高杉は入ってくるとすぐにベッドに倒れ込む。
「疲れてるね…随分」
「だってさ…。あさってから、新学期だろ?いいかげん、それまでにはなんとか落ち着かせておきたかったからさ…」
 高杉が布団に顔を押しつけてもごもごと声を曇らせながら答える。その側に久坂はそっと近寄った。手を伸ばして、高杉の背中に触れる。
 高杉の背中から自分の手のひらを通して伝わってくる暖かさに、ほっとした。
「今日はどうしてもお前のとこに顔を出してから、またちょっとまわってこようかと思ってて…」
「え?!」
 驚いて声をあげる。
「どうして?今日はもう終わったんじゃないの?」
「まあね…。でも、完全に周りからあやかしがいなくなったわけじゃないから、落ち着かないしね。お前だって、新学期、この歪みが収まってる方がいいだろ?」
 高杉が少しだけ身体を起こして、久坂の方へと顔を向けた。
「でも…でも、どうしたんだよ。歪みのせいだってことはわかるよ?でも、桂だって、すぐには直らないって言ってたじゃないか。お前ががんばってるのはわかるけど、でもそれでもすぐ収まるってことじゃないだろ?それに…それに、その歪みに集まってるあやかしのことだって、いつものお前らしくないじゃないか。いつもだったら、放っておくような特に影響のないあやかしまで、追い払いに行ったり、討滅したり…。なんか、こだわりすぎてないか?それじゃいつまでたっても…」
 一緒にいる時間が作れないじゃないか、と続けようとした言葉をそこで切った。さすがにそれは言いにくかった。
 引き留めたいのにどういっていいのかわからない。ひきとめていいのかもわからなかった。困り果ててうつむいてしまった久坂の腕を高杉は掴むと、そのまま自分のほうへと引き寄せる。いとも簡単に久坂は高杉の腕の中へと取り込まれた。
「俺…嫌なんだよ」
「…何が…?」
 高杉の胸に顔を埋めたまま、久坂も聞き返す。
「この街に集まってきていたあやかし達はだいたいが…お前の力とか、お前自身に興味を持って襲ってきただろ?この間の幻妖だって…。お前が普通の人間じゃないってわかって、興味をもって…。これからだって、どんな奴らがお前に興味を持つかわからないじゃないか。だから嫌なんだよ。これ以上お前に興味を持つような、俺からお前を取り上げようとするような奴増やすのが嫌なんだよ。今回確かに歪みにあやかしは集まっているかもしれないけど、でももしまたお前が力を使ったりして、その中の誰かが興味をもったら…って思ったら、全部、全部許せないんだよ」
「それで…徹底的にやろうって思って…?」
「そう思ったらいても立ってもいられなくなってさ。もう俺、目の前でお前を奪われるようなことになりたくないんだ。もう二度と、お前を失いたくない。絶対に嫌なんだよ」
「………」
 その言葉に、久坂は嬉しくなった。
 よかった、と思った。
 高杉も自分とずっと一緒にいたいと思ってくれていたんだということがわかって、心の底からほっとする。今までの一緒に入れなかった時間、高杉はそんなことを考えていていた。だったら、自分も言ってもいいかな、と思った。
「ありがと。そんな風に考えてくれてて…。でも、さ。その…。でも、でも、今日はもうこのまま…。…行くなよ。行っちゃだめだ。このまま、ここに…俺と一緒にいてよ」
「久坂?」
 言えた、と久坂ははぁ、と息を吐き出した。
「お前の考えてることはわかった。でも俺はやっぱり一緒にいる時間が…欲しいな。お前と…2人でいる時間。…わがままかな?」
 そう言って顔をあげると、高杉の唇が降りてきた。
 すぐに深い口づけになる。
 角度を変えて、舌を絡ませて、何度も何度も口づけを交わす。
 さすがに息があがってきて、ぼうっと瞳をうるませた久坂に高杉が額や頬に口づけを散らしながらつぶやいた。
「この間は早くお前を自分のものにして安心したいって思ったんだけど、でも、不安は消えないんだよな。変だよな…。もう、失いたくないんだ…お前のこと」
「うん…」
 その言葉を聞きながら、頭の中でどうすればその不安を少しでも取り除いてあげることができるだろうかと考えていた。
 とにかく、むやみに力を使わないこと。今まで押さえておけなかった自分の妖の力をコントロールして、外ににじみでないようにすること…。これは、火印があれば今のところはなんとかなりそうな気がする。
 …火印。
 そこまで考えて、その肝心の火印を脱衣所においてきたままなことに気が付いた。
「あ…俺…火印を下に置きっぱなしにしちゃった…。誰かに見つかる前にとってこないと…」
 思わずつぶやく。
「後でいいだろ、どうせ…今日この家には誰もいないみたいだし」
「ど、どうしてわかるんだ?俺、何も言ってないのに」
「そりゃ…。この家の中にお前以外の人間の気配なんて感じないからな。だから、このまま…」
 言いながら、高杉の手が久坂のシャツへと滑り込んだ。その感触に久坂はびくりと身体を震わせる。
 まあ、考えてみればもしそのまま取り忘れて万が一母親に見つかったとしても、だいたい火印自体は人間に見える物ではない。以前自分が高杉からもらった力のカケラが他の人間には見えなかったように、火印もまたその中に火印自身の力を封じ込めてたものであるため、人に見られるようなことはないはずだった。
 それならば問題はないか、と考えて改めて高杉の背中へ腕をまわして、そこではっと気が付いた。
「そ、そうか!」
「なんだ?」
 いきなり大きな声を出した久坂に高杉も顔をあげる。行為を中断させられて少し不機嫌そうだった。
「わかったんだよ…。違和感の理由が」
「違和感?」
「俺、今日の夕方お前に会う前に男の人とぶつかって…。その時、その人、火印をみてそれは翡翠かって聞いたんだよ。うん。確かに、そう言った」
「それが…なんなんだよ?」
「だから!その人は、普通の人間だったんだよ?なのに、火印が見えていたんだ。俺、その時はなんか妙だなって思ったけど気が付かなくて…。でも、普通の人間には火印は見えないはずだろ?なのに、その人には見えていた…」
「たしかに、そいつは人間だったのかよ?」
 そこで高杉も身体を起こして座り直す。
「うん…。ただ、少し考え事をしていたとはいえ、俺、ぶつかるまでその人がそこにいたことに気が付かなかった…。でも、あやかしの気配とかも何もしなくて、おかしいなって思ったくらいで…。それに、その後…」
 久坂も目を閉じて、感覚を思い出そうとする。
「雑木林で浄化をしてる時さ、一瞬へんな感覚がしたんだよ。特にあやしいものって感じじゃなかったんだけど、今思えばその気配はその人のものだったような気もする」
「…あの時…?俺には…特に何も感じられなかったけどな…」
 高杉も思い出しながら首をひねった。
「どういうことだろ…」
 違和感の正体はわかったが、その人物が結局どういった存在なのかは検討もつかない。高杉もわからないようで、しばらく2人で考え込んだ。
 結論が出ない2人の沈黙を、高杉がぽん、と手を打って破る。
「それに関してはまた考えよう。桂に報告しておいたほうがいいし…。とにかく今は!」
「あっ」
 高杉は再び久坂を引き寄せると、そのまま身体の下に敷き込んだ。上からぎゅう、と強く抱きしめる。
「きつ…きついってば、苦しいよ高杉…」
「さっきのムードを壊した罰だから、がまんしろ」
「えー…」
 さらに何かを言おうとした久坂の唇を再び高杉が塞いだ。初めこそ、苦しさにもがいていた久坂がだったが、高杉が徐々に力を緩めていくと安心したように大人しくなる。
 確かに気になることで、ちゃんと考えないといけないことなんだろうけど、やっぱり今はこうしていることを優先しようと、身体の力を抜いて高杉に身を任せた。




 *****************************
新学期が始まった。
 高杉と2人で過ごした夜から、学校が始まるまでの間、高杉は自分が宣言したとおり徹底的にあやかし討滅に勤しんでいたらしい。今朝登校中に疲れたような顔はしていたが、気になるところはあらかた片づけたから、なるべく一緒にいるよ、と久坂に言ってくれた。久坂は、その言葉が嬉しかった。
 少し雨漏りもする老朽化した体育館に、始業式のために全校生徒が集まっている。長い校長の話を久坂はほとんど考え事をしながら聞き流していた。そのままぼーっとしていると、どこかで感じた妙な感覚がふっとよぎったことに気が付いた。
「?」
 そっと辺りを見回す。
 何がそれなのかはわからなかったが、その感覚は浄化の時に感じた、たぶんではあるがぶつかった人物…正体のわからない男のものだということも気が付いた。
「えー、それでは、今学期から古文の教師として赴任していただきます先生をご紹介します」
 マイクの声に久坂が壇上を見上げると、今紹介された新しい教師が壇の上へと上がっていくのが見えた。
「!!」
 久坂の身体が、びくりと固まる。
 その教師はゆっくりと生徒達の方へ向き直ると、マイクを手に取った。
「入江九一郎です。まだ教師になってそんなにたってないので未熟ではありますが、皆に古典に興味をもってもらえるような授業をやっていこうと思っていますのでよろしくお願いいたします」
 簡単なあいさつをすると、柔和な笑顔で微笑む。
 久坂はわけのわからない感覚に、何かが身体の中で突き上げられるような衝動に駆られた。
 
 その男は、まさにあの時ぶつかった、その、人物であった。ただ、それだけではない何かが、自分の中で渦巻いていて、だんだんと力がコントロールできなくなっていく。
「あ…」
 それは自分がその入江、という教師を見つめれば見つめるほど激しくなっていくような気がしたが、身体が硬直したように視線をそらすこともできない。
 冷や汗がどっと吹き出した。
 恐怖とか、そんなことではなかったが、何かを思い出せそうで思い出せない焦燥感がどんどんと身体を駆けめぐる。力が、爆発しそうだった。
『久坂、落ち着け』
 突然頭の中に声が響く。
「か、火印…」
 久坂もやっと声を絞り出した。久しぶりに聞く、自分の胸元にかかる翡翠の主の声だった。
『お前の力の暴走が普通じゃない。あれを見るな』
「で、でも…っ」
 どうやら火印もこの変化が壇上の入江にあることは気が付いたようだった。そう言われても、どうすることもできない。目をそらせないまま、震える手で自分の腕を掴んで、力を込めた。
 生徒全体を眺めるようにしていた入江が、ゆっくりと、でも確実に、久坂の方へと視線を向けた。
 
 目が、合った。
 

『!見るな!!』
「う、あ、…っ!」
「久坂?!」
 火印の制止の声と、異変に気が付いた高杉が崩れ落ちた久坂を抱き留めるのはほぼ同時だった。


 ふと目を開けると、すぐに心配そうにのぞき込む高杉の顔があった。
 まぶしさに一度目を閉じて瞬きをすると、ゆっくりと辺りを見回す。どうやら、保健室のようだった。
「気が付いた?」
「俺…どうしたんだっけ…?」
 なんか、こうして保健室に2人でいるのも前にあったな…と思いながら、久坂は身体を起こした。だるくはあるが、他は特に異常はなかった。
「わかんないよ。お前、始業式の途中でいきなり倒れたんだ。…驚いたよ」
「そ…うか、そう…なんだよ。俺にも、よくわからないんだけど、なんか、力のコントロールが効かなくなって…。それで、ここで暴走させちゃだめだって思ったから、押さえようって思ったら…。…気が付いたら、ここにいたんだよ。皆は?俺、何かしちゃった?大丈夫だったのかな?」
 以前力を暴走しかけて、辺りを吹き飛ばしそうになったことがあることを思い出して、久坂はうろたえた。
「それは大丈夫。本当に突然だったから俺もすぐに対応できなかったし、状況もよくわからないけど、でもお前は自分の力をちゃんと押さえ込んだよ。火印の力によるところもそりゃ大きいけど、今の状態はお前が力の暴走を自分の中で無理矢理押さえ込んだから起こった事だと思うよ」
「どういうこと?」
「そうだな…。外に出ようとする力と、中に閉じこめようとする力がぶつかった…みたいな感じかな。ショートしたみたいな…」
「なんとなく…わかったような気がする。じゃあ、俺、皆を傷つけたりとかしなかったんだよな?」
「うん。とりあえず先生の許可もらって俺がここに運んできたから、もうちょっと寝てていいぞ。始業式なんてあんな儀式、今さら戻らなくたって問題ないだろう」
 その言葉にくすり、と久坂も笑みをこぼした。何事もなかったということにとりあえず安心する。そんな久坂に高杉が唇を寄せた。キスを受けて、久坂が慌てる。
「ま、待って、ここ学校だし…っ」
「前もここでしたじゃないか」
「あの時は結界張ってたから、誰も来る心配はなかっただろっ」
「俺は別に…誰か来たってかまわないけど」
「俺は構うんだよっ」
 そうやってばたばたと2人でもみあっていたが、所詮力では高杉に勝てない久坂が押さえ込まれる。
「ほんとに…いっそのこと、みんなの前で宣言してやりたいよ。お前は、俺のものだって」
「……ばか…」
 ストレートにそんなことを言われて、さすがに真っ赤になって照れてしまう。本当にそいうことを皆の前でいわれてしまうと困ることは困るのだが、そうなったらどうなるんだろうなぁ、なんてのんきな事も考えていた。
 そうしてしばらく見つめ合っている2人に唐突に“声”が割って入った。
『そちらがまとまったところで、先ほどの件なのだが』
「え?」
「わっ」
 驚いて、高杉と久坂が同時に声をあげると、それはサイドテーブルに置かれた火印のものだった。
「なんだよ、もう寝てんのかと思ったのに…」
「そうか、火印、あの時起きたんだ」
『起きたというか…起こされたんだがな。お前の力が、急速に膨れあがったのだ』
「さっきの件について、お前は原因がわかってるのか?」
 高杉が火印の方へ向き直って聞く。
『原因はな…。ただ、それがどうしてこんなことになるのかまではわからない』
「原因って…。あ…そうか…」
 久坂も思い当たってつぶやく。
『どうやら、あの壇上にいた人間を見たということらしいな』
「人間って、あの新しく来た教師?」
 高杉が驚いて目を丸くした。
「そう、そうなんだよ!この間話した例の…あの人物が、入江先生だったんだよ。でも、それでどうして俺がこうなっちゃったのかはわからないけど…」
「例のって…。火印が見えたっていう…?」
『私が見えたとはどういうことだ?』
 入江に初めて出会った時の出来事を説明する。火印はむう、と唸った。
『よほど我々の波長にあった人間ならば、その存在の気配だけは感じられることもあるかもしれないが、はっきりと見えるということまでは…。もしくは、その人物の過去に我々と関わるような出来事があったとしたら、それが何かの接点となり、まったくの人間でも、そういうこともあるかもしれん。あくまで…本人の素質によるものが大きいのだが非常に希だ』
「俺と同じように、もしかしたら妖とか…。もしくは、その、あやかしとか…。そういう可能性はないのかな?」
 久坂が自分のケースを考えて恐る恐る口に出す。高杉は横で、難しい顔をしながら、それはないと思うけどなぁ、とつぶやいた。
『お前のことを考えれば、ないとも言い切れんが、どうだろうな。この場合は』
「そっか…」
 とにかく、火印や高杉から見れば、入江はあやしいところは感じられないらしい。確かにほかの人間とは違うところがあるかもしれないが、今回のように久坂が力を暴走させてしまうような何かが入江にあるとはやはりどう考えても思えないのだった。
 でも、あの時確実に自分の力が暴れ出したのは、あの入江を見た時だった。
 それが初めてあった時には感じられなかったのに、今この時にそうなってしまうのか、それは自身にも全く見当も付かなかったが、どうも自分の中の何かが何かを訴えかけているように思えてならない。
「俺…、しばらく警戒しながら様子を見てみようと思うんだ。もし先生が本当に原因だったら、このままじゃだめだし。原因が知りたいし。今度は心構えをしておいて、なんとか力をコントロールできるようにする。…いや、そうしなきゃ、このままじゃ学校にも来られないし。そんなの、嫌だし」
 久坂が決意をこめて2人に告げる。まずは自分がしっかりしないと、この原因がわからない状況ではどうしようもない。心配をかけるだけだ。入江がどんな人物であれ、自分にとって敵なのか味方なのかわからない今の状況でできることは少ないと思った。
「何かあったら…すぐに俺に言えよ」
 高杉が心配そうに久坂の手を握った。その手にそっと自分の右手を重ねる。
「うん。今のところ俺しか感じてないことだから、自分でできることはやってみるよ」
「それが心配なんだけどな…」
「安心して…って言えないところが情けないけど、何かあったら絶対に言うね」
『…………』
 火印は何か考え込んでいるのか、黙り込んだままだったが、そのうちまた眠りについたようだった。
「そういえば…。火印はいつのまにこんな綺麗な石になってしまったんだろう。前見たときと印象がすごく違うんだよな」
 高杉が、もううんともすんとも言わなくなったその翡翠の石を手にとってしげしげと眺めている。
「そうなの?栄太がくれる時、確か変えておいたって言っていたから、そうなのかな。俺の誕生石だって言ってた」
「なに、それ?」
「と、特に意味はないと思うんだけど、その、この翡翠は俺の誕生石だからっていって、プレゼントだって…」
 別に久坂にしてみれば後ろめたいことは何もないのだが、高杉の目つきが鋭く変わったので少し慌てる。予想通り、高杉は面白くないようで、口をとがらせて何かぶつぶつ言っているようだった。
「じゃあさ、前はどんな形だったの?」
「…なんていうのかな、俺が桂が持っているのを見たときはなんか、気で作られた小さな箱みたいな、塗り物の箱みたいな、確か…印籠っていうんだったっけ?そんなものに入ってたよ。なんでなのかはしらないけどね」
「い、印籠…」
 妖ってやっぱりよくわからない。と、久坂は頭の中で思った。たぶんその前も何か違う物に入っていたのかな、と想像してみる。
「でも、何のために火印はこうして自分を閉じこめているのかな?」
「それは俺も知らない。いつからそうなのかも知らないなぁ」
「ふーん…」
 いつか聞いてみようと思いながら、久坂は高杉から火印を受け取って、また首へとかける。とりあえず、この火印の力も借りながら、原因不明の自分の力の暴走をなんとかしなければならない。入江が原因なのだとしたら、またどんなことが起きるのかわからないというのは確かに怖くはあった。でも、不思議とどこか大丈夫のような、変な予感がするのも確かだった。

 そして、日常がはじまった。

 入江以外のことでは特に変わったところはなかった。この一帯におきてしまった歪みも、高杉ががんばっているせいなのか、だいぶましになってきたようだった。久坂自身も以前よりも力を押さえることができているぶん、特にあやかしを呼び寄せるようなこともなく、ひょうしぬけするほど何事もなく毎日がすぎていっている。
 ただ、入江のこと以外では、ではあるが。
 あの後、高杉も注意深く観察はしているらしいが、何かあやしい気配を感じることもなかった。ただ、久坂だけは、授業や学校の中で顔を合わせると、やはり身体の中の力が動き出すような、変な感覚に襲われる。ただ、わかったことは、それが暴走するまで大きなうねりを持っていたのはあの始業式の時だけということと、攻撃欲はまったくないということだった。そのためか、最近はどうも身体の中の力が自分に何かを訴えようとしているのではないかという気持ちのほうが大きくなっている。
 初めに出会ったときは妙な感覚だけだったものが、次に見たときには暴走しかけ、その後はなんだかうずいている感じだった。それが何なのかはやはりまだわからないでした。
 当の入江に関して言えば、どうやら変わった教師らしかった。生徒達の噂を耳にすると、どうやら前の学校では“オカルトオタク教師”と呼ばれていたらしい。どのあたりがそうなのか具体的にはよくわからないが、その噂曰く、
「人には見えない幽霊とか、そういったものが見えているらしい」
「前世の記憶を持っていて、武士の戦の話になるとリアルで、怖いらしい」
「九一郎の“九一”は、九死に一生を得る、ということろからとっているらしい」
等々。
 それが真実なのかどうかわからなかったが、久坂が興味を持ったのは“前世の記憶があるらしい”というところだった。もしそれが本当なのだったら、どういう風に覚えているのか聞いてみたいと思っていた。自分もクサカが転生した、ということで前世…というものを持っているのだが、さっぱり覚えていない。だから、本当に入江がそういうことを覚えているのだったら、それがどんな風に記憶に残っているのか、そして、今の自分としてどう受け止めているのか、とかそういったことを聞いてみたかった。
「まだ敵か味方かもわかんないんだけどね…」
 ぽつりとつぶやいてみる。
 結局何事もなくその日も終わり、あっという間に放課後になっていた。ぼーっと座ったままでいる久坂の側に、高杉がいつの間にか来ていた。
「今日、ちょっと用事があるんだけど…。すぐ終わるから、帰るの少し待っててくれる?」
「いいけど…。何かあったの?」
「うーん…。俺にはほとんど関係ないことなんだけどね、進路についてちょっと話があるって呼ばれてるんだよ」
「あー…」
 そういえば、この間希望進路について用紙を提出したような覚えがあった。この学校はその希望によって2年からのクラス分けについても影響するため、この時期に大まかな進路を決めておく必要があるのだった。
 考えてみれば、高杉は自分といるためにここに留まっているのであって、本来は人間の生活をずっと送っていくわけではないから関係ないといえばそうなのかもしれない。
「だったら俺、図書館にいるから。終わったら来てくれる?」
「わかった。そんなに時間かからないと思うからすぐ行くよ」
 そんな会話を交わして、高杉と別れると、久坂は荷物をまとめて図書館へと向かう。特に読みたい本があるわけではないが、なんとなく教室にいてもやることがないため、久しぶりに本でも物色したい気分になっていた。
 図書館へと行く階段を上りながら、先ほどの会話について自分でも考えてみる。この間提出した進路調査の用紙には、元々志望していた父親と同じ大学をとりあえず記入した。今のところそれ以外にやりたいこととか将来の夢があるわけでもないからだった。
 でも、そこで考えてしまう。
 今自分は、妖…もしくはあやかしと、人間の部分と併せ持っている状態だ。今までは人間の部分が大きくて、それほど感じなかったが、最近は妖の力が目覚めて、その部分が閉める大きさも以前と比べればだいぶ多い。
 そうなると、これから自分はどうなってしまうのだろうか。
 今の自分が人間として生まれてきている以上、高杉達とまったく同じ存在になるということもないだろうが、まったく人間でもないということだ。
 以前、栄太が“姿形がかわらない”といっていたが、それはどのように影響してくるのだろう。もしかしたら、自分もこれから人間としての成長ではなくなるのだろうか?
 自分のようなケースは高杉や桂にとってもはじめてのものだから、誰かが明確に答えをくれるわけではない。だからこそ、これからどうなっていくのかは不安な気持ちもあった。
「ん…?」
 ふと見上げると、階段の踊り場に生徒が一人立っている。見慣れない生徒だった。学年が違うのかも知れない。しかし、その生徒はじっと久坂の方を見ている。見てはいるが、その瞳に光がなくて、立ち方もなんだか不安定だった。
「あの…?」
 すれ違うときにそれるかと思った視線がそのまま自分に向けられていることに気が付いて、久坂は不審に思って声をかけた。
 その時だった。
「?!」
 辺りが何か、に変わった。。空気が一気に重くなり、身体にまといつくような嫌な感触が全身を包む。息苦しさのようなものも同時に感じる。
「結界…?似てるけど、これは…」
 辺りを見回しながら久坂の頭の中に思い出されたことがあった。
 この感じは、あの、洞窟の中の空気に似ているのだった。
「ど、どうして…?!」
 確か、あの洞窟の中には幻妖とよばれたあやかしが作った空間があったはずだった。それと同じ物がここにあるということは、幻妖がここに現れたということなのだろうか。
「ぐっ…?!」
 いきなり、首が何かに締め付けられる。見れば、それは先ほどの生徒だった。その力は人間とは到底思えない。久坂を締め付けたまま、その身体ごと持ち上げる。
「は…あ…ッ」
 どうして同じ学校の生徒がこんな事を、と余計に混乱する。どうしていいのか判断がつかなかった。ただ、このままだと殺される、そのことだけは頭の中ではっきりとわかっていた。
 乱れる思考をなんとかしようとその生徒をにらみつけた時、その生徒からにじみ出ている気配に気が付いた。
 それは、あやかしの気配だった。

 人間に?あやかしの気配が…?

 わからなくて、余計に混乱する。ただ、このままでは自分があぶない。そう思って、右手に力を込めた時、視線の端にとらえた姿があった。
「!!」
 今久坂達がいる階段の踊り場に向かって降りてきた人物。
 入江だった。
「せ…せん…せい?」
 久坂も目を見開く。
 この、あやかしの作ったであろう空間の中で、普通の人間が動いていられるとは思えない。高杉ですら、あの時は自由に動くことはできなかった。なのに、どうして入江がここにいることができるというのか。
「ま、さか…」
 ひとつ考えられるのは、それはこの空間を作った本人、ということではないか。
 空間に入ってきた入江に気をとられたのか、久坂の首を締め上げていた手が少し緩んだ。その隙を逃さず、渾身の力をこめてその手をふりほどく。思ったよりたやすく、その手ははずれ、ほとんど宙に浮いていた久坂はそのまま踊り場に落下した。あやうくそのまま階段から落ちるところだったが、すんでの所で階段の手摺りの足を掴んで身体を止めることができた。
 どうするべきか、判断がつかない。
 目の前の生徒はしばらく入江と久坂を交互に見ていたが、改めて久坂に向き直ると、再び襲ってきた。瞳の焦点があっていない。ただ、猛烈な殺気と、あやかしの気配だけを感じる。とっさに、久坂は手のひらに力を込めた。内から涌いて出てきた力が、刀のような形状を作り上げる。
 入江がもしこの空間を作り上げた本人だったとしても、まずはこの目の前のあやかしを破壊しなければ、やられてしまう、そう思い、向かってくる生徒に刀を構えた。
「そ…の、力…よこせ…」
 生徒がうなる。
「この…っ」
 久坂が力を振り上げた。
 視界の隅で、入江が動いた。
「いけない!それは人間だ、殺すな!!」
「え、ええっ?!」
 いきなりなその言葉に、慌てて久坂が力を引き下げた。同時に、生徒からの攻撃をまともにくらう。
「うぐ…っ!!」
 今度は、制服の胸元を掴まれて、そのまま階段にねじ伏せられた。不安定な体勢のまま、相手が久坂の上にのしかかってくる。
 その手をはずそうともがく久坂と、押さえつけようとする生徒ともみあったまま、階段を2,3段ずれ落ちた。依然下になっている久坂のほうが、苦しい。転げ落ちることこそないものの、背中が階段にこすれて背骨がきしむように痛む。このまま落ちたら、頭から階下に落下してしまうだろう。
「た…たか…すぎ…ッ!!」
 苦しい息の下から、声を絞り出す。
 これほど大きくあやかしが力を出しているのに、同じ校舎内にいる高杉が気づかないわけはない。なのに、すぐにこないのは、何故なのか。
 頭の中をぐるぐると回る思考がまとまらない。苦しくて、意識が薄れかけた。
「邪よ、止まれ!!」
「ぐ、ぐああっ?!」
 入江が叫んで、何かを生徒に投げつける。それをぶつけられた生徒が、突然久坂から手を離して、一瞬動きを止めた。
 薄れかけていた意識がもどって、久坂が咳き込む。大きく息をついて、呼吸を整えることで精一杯で、そこから離れることができないままだった。
 高杉を、呼ばないと。
 意識がだんだんと戻ってきた頭の中で、そのことが真っ先に思い浮かぶ。
 よろよろと左手を挙げると、階段の手摺りの向こうの窓に向かって、力を放った。
「つ、突き抜けろ…ッ!!」
 ぶつかって砕け散るかと思われた窓が、ぐにゃりと歪むと、久坂の放った力を押し返そうとする動きになる。そうはさせまいと、久坂が力を込めたとき、わずかにそこに穴があくような感触があった。ほんのわずかだが、久坂が放った力が空間の外へと突き抜けた。しかし、穴が開いたはずのその空間は、まるで生き物のように再び動き、瞬く間にその穴を塞いでいく。その様を、久坂は祈るような目でみつめていた。
 どうか、気づいて…!
 これは久坂の推測だが、同じ校舎内で、こんなにまではっきりとあやかしの空間ができているのに、それに高杉が気が付かないはずはない。それでもすぐに来られないのは、高杉も同じようにあやかしの攻撃を受けているか、もしくは、この場所がわからない、ということではないかと思ったのだ。なぜならば、今ここにただよっているこの気配は、どうも結界とは違うもので、どちらかというと、校舎内のように見えるが、作られた空間であるように思えた。今力を放った時の反応を見てみても、そうである可能性が高い。であれば、桂が作るような空間のことを考えても、それは外から気づかれることが少ない、独立した空間であるということが考えられた。だから、高杉が違和感を察知しても、それがどこにあるのかが、すぐにわからないのではないかと思ったのだ。自分がその一部を破いたことで、高杉がここに気が付いてくれれば、とそんなことを思いながら、閉じていく穴を見つめた。
「爆砕!!」
 轟音と共に、声が響く。
 それは待ち望んでいた声だった。
「久坂!!」
 大きく広げられた空間の歪みから、高杉が飛び込んでくる。
 その姿を認めて、久坂の身体から一気に力が抜ける。ぐらりと、身体がゆれて、そのまま階段を落下しそうになるのを、高杉が抱き留めた。
「大丈夫か?!」
「あ…、だい、だいじょう…ぶ…。来てくれてよかった…」
 その腕に安心して、言葉を返すが、身体に力が入らない。
「ごめんな、あやかしの気配はすぐしたのに、それがどこなのかわからなくて…っ。この辺りに目星をつけて捜していたんだけど、わからなくて、そしたらいきなりお前の力を感じて…。そ、そんなことは後でいい!!それより、なんなんだ、これは…?!」
 久坂をしっかりと抱いたまま、高杉が階下まで飛び降りた。入江にぶつけられた何かの影響なのか、もがいたまままだ動けないでいる自分と同じ学校の生徒らしきあやかしに高杉が眉をしかめた。そして、その後ろにいる入江を見て今度は目を見開く。
「な…っ?!なんで、あいつがここに…?!」
「わ、わからないけど、さっき…俺を助けてくれたのは先生なんだよ。それで…それで、あのあやかしは、人間だって…言うから、俺、攻撃することができなくて…っ」
 どう説明していいかわからず、久坂が訴えるように叫ぶ。
「このあやかしが人間って、どういうことだ?!」
 高杉が、踊り場にいる入江に向かって叫んだ。
「そのままなんだよ。この子は、人間なんだ。ただ、何かが憑いてる。私の力でできることはここまでだが、確かにこの子は人間なんだよ」
「…って、そんなこと言われても…っ!!」
 高杉が舌打ちする。久坂が見上げてみると、高杉の額に汗が浮かんでいた。肩で大きく息をついていて、苦しそうだ。
 やはり、この空間はあの洞窟の中と同じなのだ。だから、高杉にとってはここで動いているのもつらいのだろう。
 それがわかって、久坂もなんとか身体を起こす。
「あの生徒に、あやかしの力が入り込んでるってことなのかな?だったら、その力だけはき出させることできないかな?!」
「でき…なくは、ないと思うけど、そんなことやったことないぞ?」
「でも、他にどうすれば…」
 高杉の状態のことも考えて、久坂も頭を巡らせる。
 高杉がこの空気の中で思い通り動くことが出来ないほどつらいのは、たぶん、このあやかしの作る空間の空気が純粋な自然の力に近い高杉にとっては毒のようなものだからなのだろう。そして、その中でも割と自分が平気でいられるのは、もともと自分があやかしだからだ。
 この空間は密度は濃いが、規模は小さい。だったら、雑木林と同じように、ここを浄化してしまえないだろうか。今と逆に考えれば、浄化された空間は、このあやかしにとっては毒になりえるのではないだろうか。
 高杉と自分はともかく、ここにどうしていられるのかわからない入江も、あやかしの気配が感じられない以上、人間の部分があるなら大丈夫じゃないかと思った。
 一か八かだ。
「高杉、この空間を雑木林と同じように浄化することはできない?」
「浄化…?」
 そう言われて、高杉が辺りを見回す。思案しているようだった。
「このくらいの大きさなら、この空気を吹き飛ばすくらいなら…。でも、なんで?」
「だって、あの生徒は人間なんだろ?その中に、この空間を作ったあやかしが入っているのだとしたら…浄化された空間は居心地が悪いと思うんだ。力を弱めることはできるかもしれないし、何よりも、その方がお前のためにもいいかも…」
 高杉が唇を噛んで再び目の前の生徒をにらんだ。
「だけど…。その一瞬、俺は無防備になるからな。お前…手伝ってくれるか?」
「うん。何をすればいい?」
「最初に俺があいつを力で縛るから、お前はそれを維持してて欲しいんだ」
「ど、どうやって?」
「大丈夫。できるよ。俺の力を感じたら、それをずっと動かないように固定することだけを考えてくれたらいいから」
「できるかな…」
 そうつぶやきながら、久坂は胸元の火印を握りしめた。
 そんな久坂にもう一度大丈夫、と笑顔を向けて、高杉が安心させるように久坂の背中を軽く叩いた。
 そして、入江の方を向き直る。
「おい、お前。どういうことなのかわからないけど、邪魔したらぶっ殺すぞ」
「穏やかじゃないな…。お前達がこの子を傷つけないと約束するなら、何もするつもりはないよ。僕としても、この現象を何とかしたいとは思っているからね。人間を傷つけないと、約束できるか?」
「あったり前だろ!!あやかしと一緒にするな!!」
「……。ならば、僕はここへこれ以上人間が近づかないようにしよう。そのくらいしかできないからね」
「………」
 久坂はそのやりとりをなんだか不思議なものを見るような感覚で見つめていた。
 入江が空間を出て行く。どうやら、出入りもできるようだ。ますます、不思議だと思った。
 入江が出て行くのを見届けてから、高杉がそっと久坂の背後にまわって、抱きしめるような体勢になる。そして、両手を久坂の両手と重ねて、それを目の前の生徒に向けた。すでに、入江によって動きを止められていた効果はきれかけているらしく、大きく吠えて、こちらに向かって攻撃の態勢をとっている。
「ど、どうすればいい…?」
 緊張して、久坂がもう一度聞く。
「俺と一緒に、“縛”って唱えて。あとは、俺の力を感じたら全力でそれを固定しろよ」
「う、うん…」
 久坂は大きく息を吐いて呼吸を落ち着けた。
 その頃合いを見計らって、高杉が叫ぶ。
「坎、艮、水…」
「縛!!」
 最後は2人の声が重なった。
 重ねた手のひらから、水が噴き出す。それが一斉に目の前の生徒に襲いかかると、その周りをあっという間に取り巻いた。
「う、が、あ、あ…」
 中でもがいているのを、久坂が必死で押さえる。先ほど、確かに自分の手を高杉の力が通っていくのを感じた。だから、それをつなぎ止めて、ふりはらわれまいと押さえる。確かに、これは慣れない自分にとってはきつい事だった。
「久坂、しばらく…頼む!!」
 そういうと、高杉が久坂から離れて、目を閉じた。力を集中させているのがわかる。だが、久坂は必死で後ろを振り返る余裕はなかった。ただ、力の流れを感じている。
 しばらくすると、雑木林で感じたときよりも勢いよく、高杉の水の気配が辺りに流れ始めた。息苦しかった空間に、空気が入り込むような感覚に、久坂も我知らずその空気を取り込もうと深呼吸した。
 久坂が維持している水の縛りにその空気が混ざり合って、目の前のあやかしの生徒を二重に締め付けていく。苦しいのか、暴れる動きが激しくなった。
「うわ…っ、こ、の…っっ、離す…もんかっ…!!」
「があああ…っ!」
 久坂も必死になって押さえた。
 だんだん、高杉の浄化の力が空間を満たしていく。作り上げられた空間が、その清らかさに耐えられなくなって暴れるように揺れた。
「あっ?!」
 辺りに何かが破裂したような音が響いた。同時に、縛せられていた生徒が崩れ落ちる。どうやら、中に入っていたあやかしが耐えられなくなって空間を破壊し、生徒の中からも飛び出したらしい。
「に、逃げる…っ!!」
 久坂がその方向を見上げた。全力で押さえていたということもあって、すぐに身体が動かない。高杉も今の状態では動けないのはわかっていた。

 その時、再び入江の声が響いた。
「邪よ、滅せよ!!」
 また何かを投げつけられたあやかしが、叫び声を上げて落ちた。
 久坂も驚いて、目を見開く。動けないでいる2人に、入江が叫んだ。
「何してるんだ、早くしないと、僕の力ではすぐに起きあがってしまうぞ!」
「あ、は、はいっ!!
 久坂は慌てて自分の手に力を込めた。あやかしの塊だけ破壊するように、イメージする。力のコントロールを火印に託した。
「砕けろ!!」
 辺りが光に包まれると、あやかしの気配が小さくなっていく。
 まぶしさに、久坂も目を閉じた。
 次に目を開いた時、辺りは静寂につつまれ、夕日が廊下を照らしていた。


「さて…と。僕はこの子を保健室に連れて行くから。君たちは後で僕が踊り場の上に散らかしてしまった書類を国語研究室に届けてくれないかな?」
「え?」
「何悠長なこと言ってるんだよ、お前は何者なんだよ?!」
「何者も何も…。ただの国語教師ですよ。とにかく、この子が心配だ。そういったことはまた後にしましょう。僕こそ、君たちが何者なのかって聞きたいけどね」
「あの…っ」
 そういって、入江は気を失っている生徒を抱え上げると、さっさと歩いていく。久坂は何がなんだかわからなかった。
「ふざけてんのか…っ」
 高杉はいらいらしているようで、追いかけようとしたその瞬間足を止めて、窓の外をにらんだ。
「ど、どうしたの?」
 そう声を掛けてから久坂もなんとなく嫌な気配に気が付く。
「これ…あやかしの気配?ずいぶんと薄いけど…」
「幻妖…。これ、幻妖だよ。遠くにいるのか、一部だけあるのか…」
「これが、幻妖の…」
 幻妖というと、高杉が洞窟であったというあやかしだろう。自分はその時意識がなかったため、はっきりとはわからない。ただ、この気配はそこにあるというだけで、こちらに来るようなものではなさそうだった。
「さっきのは…やっぱり幻妖が関係してるのかな?どう考えてもあの生徒についてたあやかしはそれほど大きくなかったのに、空間は洞窟と一緒だったし…」
「そうだな、後ろであやつっていたのは幻妖ってことだろうな。…ちくしょう、ここまで来たのかよ…」
 そう言っている間に、ふっと気配が途切れた。姿を消したのかも知れなかった。
「桂に報告する前に、俺…ちょっと見てくる。お前は危険だから行くなよ」
「わかった…。じゃあ、戻ってきたら一緒に桂に報告しようよ。それまで俺、入江先生のとこ…行ってみるから」
 先ほどいわれた書類を届けに行って、先生は何者なのかということも確かめておきたかった。
「……なんか、それも危険な気がするな…。敵じゃないって決まった訳じゃないし…」
「少なくとも、俺を助けてくれたし、あやかしを倒すのも手伝ってくれたから…。大丈夫だよ、たぶん」
 そういって、しぶる高杉を送り出す。
 実は先ほどから胸の奥がざわざわして落ち着かなくなっていた。その原因がまた入江になるのなら、早く解決してしまいたかったのだ。それが敵であったとしても、味方であったとしても。
 そんなことを考えながら、久坂は書類を拾って、その束を抱えた。
 国語研究室は、確か3階の端にあったはずだった。


 軽くノックをしてみる。
 すぐに、中から入江の声で返事があった。ゆっくりとドアを開ける。奥の机に、入江は座っていた。
「やあ、来たね。確か…1−bの久坂、だったかな」
「そうです」
 閉めた扉を背に、距離をとったままで答える。
「そんなに警戒しなくても…。君たちが人間じゃないことは見たときからわかっていたけど、人間に害を及ぼさないなら、僕は別に何もするつもりはないですよ。といっても、今日君たちの力を見た限りでは、僕が太刀打ちできるとも思えないけどね」
「先生は…何なんですか」
「何って言われても…。行ったとおり、ただの教師ですよ。ただ、幼い頃から人には見えない物が見えたり…、どうしてそうなのかって自分ではっきりわかってるわけじゃないけど、そういったことを体験したりすることが多かったからかな。どうも、ああいったような違和感に気が付くことが多くてね…。今日はあまりにも邪悪な気配を感じたから、思わず駆けつけたってとこだよ。はじめは、君がその張本人じゃないかと思ったんだけど、違ったみたいだね」
「お、俺、いや、僕は…」
 ではやはり、入江は人間であることには間違いないということだろうか。火印が言っていた、“希にいる人間”にあたるのかもしれなかった。
 ただ、自分は何であるか、どういえばいいのかわからなくて久坂が言いよどむ。そんな久坂に入江が微笑みかけた。
「僕を信用していないんだったら、まだ皆まで教えてくれなくて良いですよ。いろんな事情があるんだろうし…。それに、少なくとも僕は、君のことは信用できるなって思ってますから」
「ど、どうしてですか…?」
 何を根拠に、と思い聞き返す。信用されるようなことを特別にした覚えもなかったはずだった。
「うん…。詳しくいうとちょっと複雑な話になっちゃうから簡単にいうと、僕は前世の記憶とかたまにあったりするんだけど、その中で、君と同じか…もしくは同じような者にあったことがあるんだ」
「お、同じ…?!」
 驚いて目を見開く。噂で聞いていたが、前世をおぼえているというのは本当なのかもしれない。だったら、その自分と同じような者というのはクサカのことかもしれなかった。
「記憶と言っても、大げさなもんじゃないけど。ただ、その記憶によれば、その者と同じなら、大丈夫。きっと、人間に害をなしたりしない」
 だから信じてるんですよ、といって入江がまた微笑んだ。
 久坂の鼓動が苦しいほど激しく高鳴った。何かを、やはり自分の中が訴えているような気がする。
 何か言いたくて、何も言えない久坂に入江は微笑んだまま続けた。
「それより、さっきはありがとう」
「え?」
「そんな警戒するほど正体もわからない僕の言うことを聞いて、自分の命が狙われてるっていうのに、人間を襲わないいてくれて…」
「…俺、人間を襲ったり…しません…」
 何故か自分の声が弱々しくなった。震えているからかも知れなかった。
「そうなの?だったらうれしいな。でも、あの状況で僕の言葉を信じて、僕が言ったことを守ってくれてありがとう。えらかったね」
 その時、久坂はまるで雷に打たれたかのように全身を何かが駆けめぐったような気がした。
 頭の中が一瞬、真っ白になる。
 次の瞬間、ばさっと大きな音がして、久坂は手に持っていた書類を床にぶちまけていた。身体が震えて、手からこぼしてしまったらしい。それに入江が驚いたように近づいた来るが、震えはどんどん大きくなった。
 両方の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「久坂…くん?」
 どうしたのか、というように入江が側で声を掛けた。
 言葉を出すためにぱくぱくと口を動かして、やっと出たものは自分でも思ってもいないものだった。
「俺…俺…ずっと信じてました。ず、ずっと…守ってました。人間を喰らわずに、生きていくって…あなたに、言われたから、だから…」
「君…?」
 久坂の胸の中にいろんな想いが後から後から吹き出してくる。その中で、入江とよく似た声が殊更に響いていた。


ム“俺は人間だから、お前のような力はないが、一つだけ…。俺の想いをお前に残す。言葉という力でお前を…縛るよモム


 かつて、自分が人間であったらと、強く願った時があった。
 あやかしの自分の身を心底恨んだことがあった。
 側にいたいと初めて思った人がいたことがあった。
 人間の“想い”を強く信じて生きていこうとした時があった。

 だから、人間になりたかった。

「ずっと…ずっと…待ってたんです、言葉、信じて、俺…っ」
「君は…君はもしかして、あの時の…」
 入江が絶句して立ちすくむ。
 久坂は涙があふれて後は何も言葉に出せなかった。ただただ、泣きじゃくっていた。

第12話 了・続く
DARK HALF一気読み第12話 * トラックバック(-) * Comment(0) * Page top↑




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